FF4TAをスマホでやったら、すっかりはまって、数年ぶりにエジリディ話を書いてみました。クオレを絡めて!
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100万通りの『好き』
かちゃりと玄関の扉が開く音がした。
わずかな隙間からクオレが音もなく入ってくる。リディアと視線が合い、思い出したかのようにただいま、とつぶやく。おかえりという挨拶とともに笑顔を向けると、クオレは台所でお茶の準備をしているリディアの横で立ち止まり、顔を上げた。
「リディア、質問がある」
視線を合わせた上でこう言うときは、クオレにとっては難題に出会った時の癖である。
「どうしたの?」
リディアはポットにお湯を注ごうとしていた手を止めて、クオレの首が疲れないように屈んで顔をのぞき込んだ。こうすると自分の顔の高さがクオレとほぼ同じくらいになる。色素の薄い明るい緑色の髪からは太陽の香りがした。
「『好き』ってなんだ?」
これは難題だ。リディアの心中を知るわけもなく、クオレは質問に至った経緯を話しはじめた。
「『あの子が好きなんだろう』という会話をさっき聞いた」
クオレが説明したところによると、どうやらある男の子が女の子を泣かせていて、その中で別の男の子が意地悪をした子に対して言っていたらしい。
「それは説明するの難しいなあ」
思わず素直に感想を漏らしてしまう。答えを待つクオレの眼差しは真剣そのもので、そんなつもりはなくても逃げられないことを悟らされる。
「おやつを食べながら話そうか」
そう提案するとクオレはこくりとうなずき、水場で手を洗って戻ってきた。その間にリディアはテーブルにお茶のセットと橙色の果物が乗った籠を運ぶ。クオレの拳より少し大きいくらいのその果物は、皮を剥くと10個ほどの甘酸っぱくてみずみずしい欠片が現れる。同じような果物はダムシアンやバロンにもあるが、それらはこの果物よりもやや大きく、皮が固く手で皮を剥くのが難しいし、果実の中に大きな種が入っている。
皮を剥いて欠片をひとつ口に含む。果汁とともに甘みと酸味が口の中に広がる。やっぱりおいしい。
「あれ、この果物なんて名前だっけ?」
「『蜜柑』とエッジが言っていた」
皮を剥きながらクオレが答える。ひと月ほど前、エッジがエブラーナから持って来てくれたのであった。涼しい場所に保管しておけば長持ちするから、と村の倉庫に大量に置いていったのだ。
「ミカン。そうだった。すごいね、クオレ。ありがとう」
お礼を言われたクオレはどうしていいかわからないように少し戸惑っていたが、やがて思い出したかのように小さな声で「どういたしまして」と答えた。
愛らしい姿に顔がほころぶが、じっと自分に向けられたクオレの眼差しに先ほどの質問を思い出した。
「『好き』ってなんだろうねえ」
ふと口にすると、クオレは不思議そうに首を傾げた。
「リディアがわからないことはないだろう。子どもたちが使っていた言葉だ」
クオレの指摘にリディアははっと息を飲んだ。子どもたちはわかるのに何故自分がすぐに答えられないのだろう?
「そうだね。私が難しく考えすぎてるのかもしれない」
「じゃあ難しく考えなければいい」
クオレは両手で紅茶の入ったカップを持ち上げながら提案する。論理的かつ素直なクオレの思考回路に、いつも自分の目からは鱗が落ちるのであった。そして、些細と思っていたことについても、改めて自分と向き合うことができる。
「好きっていうのはね、人や物をいいなあって思って、近くにいたり、あったりしたらいいなあって願う気持ちかな。人だけじゃなくて物にも使えるんだよ。例えば、『蜜柑が好きだ』っていうのもいいし」
「蜜柑が好きだ」
リディアの例文を咀嚼するように繰り返し、クオレはまた首を傾げた。
「そうだとすると、意地悪をして泣かせてしまった人を『好き』というのは理解不能だ」
複雑な男児の心境はクオレの前では掴みきれないものになってしまうようだ。リディアは苦笑しながら、なんとか彼女の満足がいく答えが出せないものだろうかと色々な感情と、それに合う言葉を脳内で探し求める。
「一緒にいたいなあって人に、自分の方を見てもらいたかったり、話をしたかったりして、『自分はここにいますよー!』っていうことを教えるために意地悪しちゃうことがあるのかもしれないね」
クオレの大きな鳶色がじっと自分を見据えている。少しは納得してくれただろうか。
「リディア、好きだ」
思わぬ言葉を投げかけられて、リディアは思わず斜め前に座っていたクオレをぎゅっと抱きしめた。
「私もクオレが好き」
言いながら、自分の中の感情は『好き』とは違うとも思うのであった。
いずれクオレにもわかる日が来るだろうから、それまで説明はお預けにしよう。太陽の香りを胸いっぱいに吸い込みながらリディアは胸に温かい感情が広がるのを感じた。
ぎこちなく自分の背中に回された小さな手が突然離れ、クオレはリディアの腕の中から逃れるように椅子から降り、玄関の扉へばたばたと駆け寄った。げっ、という声が聞こえ、放たれた扉の向こうにはなんともばつの悪そうな顔をしたエッジが立っていた。瞬間移動の魔法を使うクオレから逃げられないことを悟っているようだった。
姿を確認するやいなや、クオレは彼の大きな手を握り、気の毒なくらい顔を上げて視線を合わせようとした。
「エッジ、好きだ」
「え?」
突然の言葉にエッジがリディアに視線を送る。真摯な瞳を向けるクオレと困惑するエッジの作り出す光景が微笑ましく、リディアは片目をつぶってエッジの助け舟を拒否した。頼みの綱を引き揚げられてエッジは一瞬眉毛を下げたが、クオレの前にしゃがみこんで目の高さを同じにした。
「オレもクオレが好きだぜ」
「それなら、なんでいつも一緒にいてくれない?好きっていうのは近くにいたいという気持ちじゃないのか。理解不能だ」
クオレの主張にエッジは頬を緩ませて得意気な顔をしてみせた。
「好きには100万通りの表現があるんだよ」
ひゃくまん、と途方もないその数字を繰り返し、クオレは大きな目をさらに見開いた。
「そんなにあるのか?」
「ああ。知りたいか?」
クオレは好奇心を隠せない表情で頷く。エッジは満足そうにクオレの頭を撫でた。
「はい、これが『好き』の表現1個目」
きょとんとするクオレを尻目にエッジは彼女の小さな手を自らの手で包み込む。
「これは」
「2個目」
その後も肩車をしたり、庭に止まっていた蝶を肩を並べて観察したり、追いかけっこをしたり…一緒に何かをするたびにクオレは目を輝かせて「いくつめの表現だ」と数えている。
100万通りも用意できるのだろうか…という小さな不安を抱きながら、リディアは微笑みをたたえてその光景を眺めているのであった。
外で遊んでいるうちに、日が傾いて空が赤く染まっていた。
クオレの左手をエッジがつなぎ、右手をリディアがつないで、3人並んで家へ向かう。クオレによるとこれは43個目の『好き』の表現らしい。
「エッジはリディアが好きだろう」
突然クオレが断定的に言い放つ。クオレとつないでいたリディアの左手が何かに反射したかのようにびくりと跳ねた。クオレの身体を経由して伝わってきたエッジの反応だろうか。いや、自分の緊張かもしれない。その証拠にさっきまで気にならなかった夕日の光がやけに眩しく、熱く感じる。
ややあって、観念したかのようにエッジはクオレを見下ろして静かに答えた。
「ああ。好きだよ」
その後、彼はふうっと息をついて、顔をリディアへ向けた。夕日が彼の顔に濃い影を落としている。濃淡のせいだろうか、いつもと別人のような思慮深くて慈愛に満ちた表情に見える。透き通った水色の瞳がはっきりと自分を捉えている。目を逸らすことが許されないような息苦しさを感じていると、その瞳が少し細められ、目尻に黒い影が生まれた。
「うん。オレは、リディアが好きだ」
一迅の風が吹いて、辺りの木立をざざっという音とともに揺らした。風で長い髪が顔にまとわりつく。先ほどまでよりもさらに夕日の光が眩しいし、熱い。
「リディアはエッジのこと好きか?」
「えっ」
邪気のない問いかけに、リディアは思わずつないでいた手を離し、足を止めてしまう。クオレが不思議そうに澄んだ瞳とともに自分を見上げて、答えを待っている。
答えなければ。そう考えるほど血液が脳から心臓に流れ込んで考える力が奪われていく。
血が引く感じがして、ふらりとよろめくと、大きな手が自分の腕を掴んで支えた。そして、おどけた声で諭すようにクオレに向き直った。
「クオレ、それは野暮って言うんだぜ」
「野暮?」
「そう。好きっていうのを言わない『好き』もある。そういうのを無理矢理言わせようとするのは野暮って言うの」
クオレは野暮、ともう一度小声で単語を確認するようにつぶやき、ややあってから頷いた。
「44個目の『好き』の表現か」
その言葉にエッジは満面の笑みで頷く。クオレもその言葉を理解できたことが嬉しいようで、何度も小さく頷いている。
それだと自分がエッジを好きだということになってしまうのだけど、と反論したい気持ちも沸き上がったが、答えに辿り着かなかったのだから今のところは仕方ない。
後できちんと考えてクオレに答えよう、と心の整理をつけると、先ほど離された手をクオレがぎゅっと握ってきた。小さなてのひらから伝わる熱に、リディアは硬くなっていた身体が弛まったのを感じた。
「さあ、帰って夕飯食べようぜー」
「今日はまだ帰らなくていいのか!?」
再度歩き出してエッジが嬉々として宣言すると、クオレも声を弾ませる。
多忙なエッジがミストの村に滞在できる時間は短く、昼過ぎに来たのに夕食前に帰ってしまうことも多々あるのだ。エッジが帰ってしまったあとのクオレは見ていて気の毒になるくらい落ち込んで寂しそうにしている。
「うん。今日はクオレが寝るまでいるぜ」
「それなら、今日は寝ない!」
興奮して大きな声を上げるクオレに、そう来たか、とエッジは苦笑した。
優しい表情が最後の灯火のような弱々しい夕日の光に照らされていた。
翌朝、朝食の用意をしていると、寝室からばたばたと足音が近づいてきた。家中の部屋を見て回り、リディアしかいないことを確認して、クオレは残念そうに肩を落とした。
クオレはあきらめたような、あきらめきれないような、という表情で言葉を絞り出した。
「エッジは」
「昨日の夜、クオレが眠ったあとに帰ったよ」
リディアの言葉にクオレは大きな溜息を吐き出してうつむいた。その姿に心が痛む。
昨晩彼女は、昼間思い切り外で遊んだことがたたって、不本意なくらい早く眠りについてしまったのである。
リディアはしゃがみこんでクオレの頭を撫でた。その行為にクオレは何かを思い出したように顔を上げた。
「夜、眠るまで一緒にいてくれたのも『好き』のひとつじゃないかな?」
クオレの表情から少し寂しさが消えた気がする。リディアはクオレを抱きしめて、後頭部から背中にかけてを上下に優しくさすった。
「大丈夫だよ。エッジはクオレのことが好きだから、また会いたくなって、会いに来てくれるよ」
クオレが頷いたのを肩で感じた。朝食の準備を再開しようと身体を離すと、視線が合った瞬間にクオレがぽつりとつぶやいた。
「リディア、『好き』は相手にも自分を『好き』になってもらいたい気持ちなのか」
リディアはぎゅっとクオレの両手を包み込んで微笑んだ。
「それも、『好き』のひとつだよ」
リディアの言葉に、クオレの頬がわずかながら桜色に染まったような気がした。
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end
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100万通りの『好き』
かちゃりと玄関の扉が開く音がした。
わずかな隙間からクオレが音もなく入ってくる。リディアと視線が合い、思い出したかのようにただいま、とつぶやく。おかえりという挨拶とともに笑顔を向けると、クオレは台所でお茶の準備をしているリディアの横で立ち止まり、顔を上げた。
「リディア、質問がある」
視線を合わせた上でこう言うときは、クオレにとっては難題に出会った時の癖である。
「どうしたの?」
リディアはポットにお湯を注ごうとしていた手を止めて、クオレの首が疲れないように屈んで顔をのぞき込んだ。こうすると自分の顔の高さがクオレとほぼ同じくらいになる。色素の薄い明るい緑色の髪からは太陽の香りがした。
「『好き』ってなんだ?」
これは難題だ。リディアの心中を知るわけもなく、クオレは質問に至った経緯を話しはじめた。
「『あの子が好きなんだろう』という会話をさっき聞いた」
クオレが説明したところによると、どうやらある男の子が女の子を泣かせていて、その中で別の男の子が意地悪をした子に対して言っていたらしい。
「それは説明するの難しいなあ」
思わず素直に感想を漏らしてしまう。答えを待つクオレの眼差しは真剣そのもので、そんなつもりはなくても逃げられないことを悟らされる。
「おやつを食べながら話そうか」
そう提案するとクオレはこくりとうなずき、水場で手を洗って戻ってきた。その間にリディアはテーブルにお茶のセットと橙色の果物が乗った籠を運ぶ。クオレの拳より少し大きいくらいのその果物は、皮を剥くと10個ほどの甘酸っぱくてみずみずしい欠片が現れる。同じような果物はダムシアンやバロンにもあるが、それらはこの果物よりもやや大きく、皮が固く手で皮を剥くのが難しいし、果実の中に大きな種が入っている。
皮を剥いて欠片をひとつ口に含む。果汁とともに甘みと酸味が口の中に広がる。やっぱりおいしい。
「あれ、この果物なんて名前だっけ?」
「『蜜柑』とエッジが言っていた」
皮を剥きながらクオレが答える。ひと月ほど前、エッジがエブラーナから持って来てくれたのであった。涼しい場所に保管しておけば長持ちするから、と村の倉庫に大量に置いていったのだ。
「ミカン。そうだった。すごいね、クオレ。ありがとう」
お礼を言われたクオレはどうしていいかわからないように少し戸惑っていたが、やがて思い出したかのように小さな声で「どういたしまして」と答えた。
愛らしい姿に顔がほころぶが、じっと自分に向けられたクオレの眼差しに先ほどの質問を思い出した。
「『好き』ってなんだろうねえ」
ふと口にすると、クオレは不思議そうに首を傾げた。
「リディアがわからないことはないだろう。子どもたちが使っていた言葉だ」
クオレの指摘にリディアははっと息を飲んだ。子どもたちはわかるのに何故自分がすぐに答えられないのだろう?
「そうだね。私が難しく考えすぎてるのかもしれない」
「じゃあ難しく考えなければいい」
クオレは両手で紅茶の入ったカップを持ち上げながら提案する。論理的かつ素直なクオレの思考回路に、いつも自分の目からは鱗が落ちるのであった。そして、些細と思っていたことについても、改めて自分と向き合うことができる。
「好きっていうのはね、人や物をいいなあって思って、近くにいたり、あったりしたらいいなあって願う気持ちかな。人だけじゃなくて物にも使えるんだよ。例えば、『蜜柑が好きだ』っていうのもいいし」
「蜜柑が好きだ」
リディアの例文を咀嚼するように繰り返し、クオレはまた首を傾げた。
「そうだとすると、意地悪をして泣かせてしまった人を『好き』というのは理解不能だ」
複雑な男児の心境はクオレの前では掴みきれないものになってしまうようだ。リディアは苦笑しながら、なんとか彼女の満足がいく答えが出せないものだろうかと色々な感情と、それに合う言葉を脳内で探し求める。
「一緒にいたいなあって人に、自分の方を見てもらいたかったり、話をしたかったりして、『自分はここにいますよー!』っていうことを教えるために意地悪しちゃうことがあるのかもしれないね」
クオレの大きな鳶色がじっと自分を見据えている。少しは納得してくれただろうか。
「リディア、好きだ」
思わぬ言葉を投げかけられて、リディアは思わず斜め前に座っていたクオレをぎゅっと抱きしめた。
「私もクオレが好き」
言いながら、自分の中の感情は『好き』とは違うとも思うのであった。
いずれクオレにもわかる日が来るだろうから、それまで説明はお預けにしよう。太陽の香りを胸いっぱいに吸い込みながらリディアは胸に温かい感情が広がるのを感じた。
ぎこちなく自分の背中に回された小さな手が突然離れ、クオレはリディアの腕の中から逃れるように椅子から降り、玄関の扉へばたばたと駆け寄った。げっ、という声が聞こえ、放たれた扉の向こうにはなんともばつの悪そうな顔をしたエッジが立っていた。瞬間移動の魔法を使うクオレから逃げられないことを悟っているようだった。
姿を確認するやいなや、クオレは彼の大きな手を握り、気の毒なくらい顔を上げて視線を合わせようとした。
「エッジ、好きだ」
「え?」
突然の言葉にエッジがリディアに視線を送る。真摯な瞳を向けるクオレと困惑するエッジの作り出す光景が微笑ましく、リディアは片目をつぶってエッジの助け舟を拒否した。頼みの綱を引き揚げられてエッジは一瞬眉毛を下げたが、クオレの前にしゃがみこんで目の高さを同じにした。
「オレもクオレが好きだぜ」
「それなら、なんでいつも一緒にいてくれない?好きっていうのは近くにいたいという気持ちじゃないのか。理解不能だ」
クオレの主張にエッジは頬を緩ませて得意気な顔をしてみせた。
「好きには100万通りの表現があるんだよ」
ひゃくまん、と途方もないその数字を繰り返し、クオレは大きな目をさらに見開いた。
「そんなにあるのか?」
「ああ。知りたいか?」
クオレは好奇心を隠せない表情で頷く。エッジは満足そうにクオレの頭を撫でた。
「はい、これが『好き』の表現1個目」
きょとんとするクオレを尻目にエッジは彼女の小さな手を自らの手で包み込む。
「これは」
「2個目」
その後も肩車をしたり、庭に止まっていた蝶を肩を並べて観察したり、追いかけっこをしたり…一緒に何かをするたびにクオレは目を輝かせて「いくつめの表現だ」と数えている。
100万通りも用意できるのだろうか…という小さな不安を抱きながら、リディアは微笑みをたたえてその光景を眺めているのであった。
外で遊んでいるうちに、日が傾いて空が赤く染まっていた。
クオレの左手をエッジがつなぎ、右手をリディアがつないで、3人並んで家へ向かう。クオレによるとこれは43個目の『好き』の表現らしい。
「エッジはリディアが好きだろう」
突然クオレが断定的に言い放つ。クオレとつないでいたリディアの左手が何かに反射したかのようにびくりと跳ねた。クオレの身体を経由して伝わってきたエッジの反応だろうか。いや、自分の緊張かもしれない。その証拠にさっきまで気にならなかった夕日の光がやけに眩しく、熱く感じる。
ややあって、観念したかのようにエッジはクオレを見下ろして静かに答えた。
「ああ。好きだよ」
その後、彼はふうっと息をついて、顔をリディアへ向けた。夕日が彼の顔に濃い影を落としている。濃淡のせいだろうか、いつもと別人のような思慮深くて慈愛に満ちた表情に見える。透き通った水色の瞳がはっきりと自分を捉えている。目を逸らすことが許されないような息苦しさを感じていると、その瞳が少し細められ、目尻に黒い影が生まれた。
「うん。オレは、リディアが好きだ」
一迅の風が吹いて、辺りの木立をざざっという音とともに揺らした。風で長い髪が顔にまとわりつく。先ほどまでよりもさらに夕日の光が眩しいし、熱い。
「リディアはエッジのこと好きか?」
「えっ」
邪気のない問いかけに、リディアは思わずつないでいた手を離し、足を止めてしまう。クオレが不思議そうに澄んだ瞳とともに自分を見上げて、答えを待っている。
答えなければ。そう考えるほど血液が脳から心臓に流れ込んで考える力が奪われていく。
血が引く感じがして、ふらりとよろめくと、大きな手が自分の腕を掴んで支えた。そして、おどけた声で諭すようにクオレに向き直った。
「クオレ、それは野暮って言うんだぜ」
「野暮?」
「そう。好きっていうのを言わない『好き』もある。そういうのを無理矢理言わせようとするのは野暮って言うの」
クオレは野暮、ともう一度小声で単語を確認するようにつぶやき、ややあってから頷いた。
「44個目の『好き』の表現か」
その言葉にエッジは満面の笑みで頷く。クオレもその言葉を理解できたことが嬉しいようで、何度も小さく頷いている。
それだと自分がエッジを好きだということになってしまうのだけど、と反論したい気持ちも沸き上がったが、答えに辿り着かなかったのだから今のところは仕方ない。
後できちんと考えてクオレに答えよう、と心の整理をつけると、先ほど離された手をクオレがぎゅっと握ってきた。小さなてのひらから伝わる熱に、リディアは硬くなっていた身体が弛まったのを感じた。
「さあ、帰って夕飯食べようぜー」
「今日はまだ帰らなくていいのか!?」
再度歩き出してエッジが嬉々として宣言すると、クオレも声を弾ませる。
多忙なエッジがミストの村に滞在できる時間は短く、昼過ぎに来たのに夕食前に帰ってしまうことも多々あるのだ。エッジが帰ってしまったあとのクオレは見ていて気の毒になるくらい落ち込んで寂しそうにしている。
「うん。今日はクオレが寝るまでいるぜ」
「それなら、今日は寝ない!」
興奮して大きな声を上げるクオレに、そう来たか、とエッジは苦笑した。
優しい表情が最後の灯火のような弱々しい夕日の光に照らされていた。
翌朝、朝食の用意をしていると、寝室からばたばたと足音が近づいてきた。家中の部屋を見て回り、リディアしかいないことを確認して、クオレは残念そうに肩を落とした。
クオレはあきらめたような、あきらめきれないような、という表情で言葉を絞り出した。
「エッジは」
「昨日の夜、クオレが眠ったあとに帰ったよ」
リディアの言葉にクオレは大きな溜息を吐き出してうつむいた。その姿に心が痛む。
昨晩彼女は、昼間思い切り外で遊んだことがたたって、不本意なくらい早く眠りについてしまったのである。
リディアはしゃがみこんでクオレの頭を撫でた。その行為にクオレは何かを思い出したように顔を上げた。
「夜、眠るまで一緒にいてくれたのも『好き』のひとつじゃないかな?」
クオレの表情から少し寂しさが消えた気がする。リディアはクオレを抱きしめて、後頭部から背中にかけてを上下に優しくさすった。
「大丈夫だよ。エッジはクオレのことが好きだから、また会いたくなって、会いに来てくれるよ」
クオレが頷いたのを肩で感じた。朝食の準備を再開しようと身体を離すと、視線が合った瞬間にクオレがぽつりとつぶやいた。
「リディア、『好き』は相手にも自分を『好き』になってもらいたい気持ちなのか」
リディアはぎゅっとクオレの両手を包み込んで微笑んだ。
「それも、『好き』のひとつだよ」
リディアの言葉に、クオレの頬がわずかながら桜色に染まったような気がした。
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