2014年6月17日火曜日

SS: Limone!

暑いですねえ、ということで昔書いた少し涼しいお話を引っ張り出してきました。
以前、「やきもちを焼く若様」というお題をいただいて書いたものです。
舞台はFF4時代で、カインが出てきます。ややギャグっぽいし、エッジもリディアも若いですが、よろしければどうぞ。





『Limone!』



トロイアは今日もいい天気だった。
青い空が澄み渡り、風は穏やかで、活気溢れる声が聞こえてくる。
・・・・それなのに。
エッジは思わず溜息をついた。
何故自分は宿の店番などをやらされているのだ。
思えば、昨日、宿の店番をしていた可愛らしい一人娘と意気投合して、酒場へ飲みに行ったのが失敗だった。
飲んで、食べて、他愛もない話をしているうちに、東の空が白み始め、宿に戻る頃にはどこからか鶏の声が響いていた。
夜遊びの楽しさに満足して宿に帰ったところ、宿の夫婦が門の前で憔悴しきった顔で待ち構えている。
なんでも、娘は親に何も言わずに家を出てきてしまったようで、一緒にいた自分まで過保護な夫婦の説教に付き合わされることになった。
これが初めてではない両親の説教に、娘は全面戦争に出ることにしたらしい。
女なんだから夜中に出歩くなという彼らの言い分に対し、娘はもう大人だからそのくらい許容しろと反論する。
両親対娘の口論は終わりを見せず、何故かその場にいたエッジが、一人娘の代わりに店番をさせられることになった。
そんな信用ならない男に店番をさせる夫妻の感覚もかなりずれていると思ったが、昨晩付き合ってくれた娘への感謝と申し訳なさも手伝い、エッジは徹夜明けで眠い目を擦りながら、宿の受付に座っていた。

もう一度溜息をついて、欠伸を噛み殺しながら、何度読んだかわからない雑誌を見るでもなく、ページを捲る。
「ただいまあ~」
やがて、満面の笑顔のリディアと、大量の荷物を持ったカインが宿に戻ってきた。
エッジはふと疑問を抱いた。宿を出て行くときは別々だったはずだ。
受付のカウンターの前に座った自分と目が合ったリディアは、少し楽しそうに笑顔を浮かべた。
「鍵ください」
「あいにくお子様専用の部屋はご用意してませんので」
涼しい顔を装って慇懃に言葉を返すと、リディアの頬がぷっくり膨れ上がった。そんなリディアをかばうかのように、カインが口を挟む。
「宿の店番させられた王子なんて、世界初だろうな。喜べ。どんなことでも世界初はすごいことだぞ」
カインの言葉は、いつも必ずエッジが癪に障るように計算し尽くされている。この言葉も例外ではなかった。こういう時はいつも、なるべく苛立ちを表面に出さないように注意しながら、カインに一言言ってやらないと気がすまないのだった。
「社会勉強だ。庶民の生活を知るための社会勉強」
「ほう。じゃあ鍵をくれ」
リディアがそのやりとりを聞いて楽しそうに笑い声を上げる。
これ以上こいつと話しても苛立つだけだ。エッジは、鍵が入った小さな木の棚からカインの部屋の鍵を取り出して投げた。
「カイン、ありがとう!あと、ごちそうさま」
ありがとう、ごちそうさまとはどういうことだろう。エッジは少し眉根を寄せて、カインを見る。
「ああ、気にするな」
カインはエッジの鋭い視線を軽く受け流し、大量の荷物を持って自分の部屋に向かって行った。
ぺこりと頭を下げてカインの後姿を見送った後、リディアは受付のカウンターに肘をつき、小さな顎を手の甲に乗せて、エッジに語りかけてきた。
「買出し大変だったよー。カインがいなかったら帰って来れなかったかも」
「お前ら、一緒に買出し行ったんだっけ?」
エッジはカインがいないのをいいことに、先程抱いた疑問を解消することにした。リディアはふるふると首を横に振る。
「ううん。買出ししてたらカインが来てくれたの」
それはどういうことなのだろうか。
エッジが様々な方向へ考えを巡らせようとしていると、リディアは嬉しそうな表情でカウンターに赤いビロードの表紙の厚い本を乗せた。表紙に書いてある文字は古代文字のようで、エッジには意味がわからなかったが、恐らく魔法の本なのだろう。
「この本ずっと欲しかったんだ!でも、本棚のすっごく高いところにあって、困ってたら、カインが肩車してくれたの」
「肩車!?」
思わず聞き返してしまう。リディアは悪びれもせずに頷く。
「うん。だってすっごく高いところにあったんだよー。お店の人はどうやってあそこに入れたんだろう」
「・・・・梯子とかあんじゃねえの?」
エッジが指摘すると、リディアは今気づいたような声を上げて、そっか、と少し照れたように笑った。
彼女が言うには、本屋で一緒になったあと、他の大量の買出しもしたとのことであったが、そんなことはもうどうでもよかった。
肩車とは。その光景を想像して、エッジは釈然としない気持ちになる。
「あとね、カインが冷たいお菓子を買ってくれて、一緒に食べたんだ」
「ふうん」
先ほど得た情報さえ処理しきれていないのにそれ以上は受け付けられなくて、エッジは曖昧に返事をした。
リディアはそんな彼の心情を汲むこともなく、一日の報告を続ける。
「トロイア名産のデザートで、ジェラートって言うんだって!冷たくて甘くておいしかったあ」
「へえ」
また曖昧に返事をするが、リディアの顔は本当に嬉しそうに輝いていて、徹夜明けの目に眩しかった。
「ねえねえ、エッジはジェラートって食べたことある?」
満面の笑顔で、リディアはエッジに問いかけてくる。余程楽しかったのであろう。
我慢の限界だった。エッジはわざと大げさに溜息を吐き出した。
「ほんっとにお前はガキだよな」
リディアの顔に浮かんだ笑顔が途端に消え去り、戸惑ったようにぽかんと口を開けている。エッジは構うことなく、言葉を続けた。
「食べ物くれる奴になら、誰にでもついていきそうだよな。これから子犬って呼ぶか」
見る見るうちに、彼女の顔が紅潮する。
眉毛が吊り上ったと思った瞬間、もう何度言われたか分からない罵倒の言葉を浴びせられた。
「もう、エッジのばかっ」
リディアはカウンターに乗せた本をひったくるように自分の手の中に戻すと、ばたばたと宿の廊下を走り去って行く。
「おい!そっちはカインの部屋だろ!」
思わず椅子から立ち上がって制止する声も空しく、乱暴にドアが閉まる音が響いた。

エッジは今日何度目かわからない溜息を吐き出しながら、勢いよくカウンターの裏の椅子に座った。
この苛立ちを抑えるべく、エッジは一冊しかない雑誌をもう一度手にとり、ページを捲り始める。
しかし、当然気が紛れるわけもなく、脳が勝手に自分の苛立ちの分析を始めてしまう。
いつもはリディアの怒った顔も愛らしいと思えるのだが、今日は彼女の怒りや無邪気さが鬱陶しく感じられた。
そして彼女の些細な言葉がいちいち心に突き刺さった。
寝不足だからだろうか。そう結論づけようとした時に、脳が最適解を探し当てた。
「・・・・・・・・あいつに妬いてんのかよ」
思わずつぶやいた言葉は、今の状況を表す言葉として最適解のような気がした。
今日のふたりの行動が、まるで恋人同士のようで羨ましかった。そして、嫉妬したのだ。
だから、嬉しそうに報告するリディアに対して、鬱陶しいなどと思ってしまった。
リディアが他の男と一緒に楽しそうにしているのは嫌だ。自分と一緒の時に楽しいと思ってほしい。
リディアが他の男に笑顔を向けるのも嫌だ。あの純粋で、無邪気で、輝くような笑顔は自分にだけ向けてほしい。
リディアが他の男の名前を呼ぶのも嫌だ・・・・
悶々とした感情が身体の中を渦巻いている。エッジは頭を抱えた。
相変わらず、リディアがカインの部屋から出てくる気配はない。
「ああ!もう!子供じゃあるまいし!!」
恥ずかしさに思わず叫ぶと、カウンターの前でセシルとローザが怪訝そうな視線を自分に向けていた。

翌日、やっと宿の店番から解放され、街へ繰り出そうとしたときに、リディアに呼び止められた。
「エッジ、ちょっとついてきて」
昨日の怒った顔はどこへやら、リディアは満面の笑みで自分の腕を引っ張る。
その笑顔に、昨日の自分が抱いていたどろどろとした嫉妬心が少し溶けていく気がした。
しかし、こうなると、昨日の自分の言動に対する謝罪をしないことが、かえって心に引っかかる。
ああ、いつ、何と言って謝ろうか。エッジが考えている間も、リディアは美しい運河の街を軽い足取りで歩いて行く。
やがて彼女は、淡い色の看板が出た店の前で足を止めた。
「ちょっと待ってて」
謝るタイミングを逃してしまった。そう思いながら指定された場所で、再度謝罪の方法を考えていると、リディアは思いの外早く戻ってきた。
戻ってきた彼女の手に握られていたのは、尖った方が下になった円錐型の茶色いものの上に、店の看板と同じようなパステルカラーの黄色と黄緑色の何やらわからないものが盛られた物だった。
これがジェラートという物なのだろうと察した。そんなに気に入ったのかと、昨日の出来事を思い出してまた溜息を吐きかけたときだった。
「はい」
小さなスプーンで黄色い方の一部をすくって、自分の口の前に持ってきてくれる。
食べろということだろうか?心が躍るような嬉しさとほのかな照れを覚えながら、彼女の無邪気な行為を無碍にすることもできず、それを口に含む。
食べた瞬間、新鮮な柑橘類の香りが口から伝って鼻に抜けていく。冷たくて、甘酸っぱい。
リディアは微笑みながらエッジの瞳をじっと見つめている。感想を待っているようだった。
「・・・・甘い」
正直においしいと言うのが悔しくて本心ではない感想を述べると、リディアはえーっ!と声を上げた。その後、瞳を伏せて本当に残念そうにぽつりとつぶやいた。
「一番甘くないの下さいって言ったのに・・・・」
甘いものがそんなに好きではない自分へ配慮してくれたのか。
そう思うと、エッジは顔がにやけるのを止められなかった。
嬉しくなって、彼女が手に持つジェラートに上からかじりつく。
「あっ!」
「やっぱり甘い」
子供みたいなんだから、とリディアが一瞬口を尖らせて、その後吹き出した。
もしかして、リディアは、昨日エッジが不機嫌だったのは、ジェラートが食べられなかったからだと思っているのだろうか。
嬉しそうに微笑むリディアを見て、エッジはその仮定が真実であるという確信を抱く。
エッジは苦笑した。彼女に自分の嫉妬心を説明するのは難しそうだ。
リディアは無邪気に、レモン味のジェラートを何度もスプーンですくって食べさせてくれる。
心地よい甘酸っぱさが、嫉妬も、疲れも、自分の中に澱のようにわだかまっているものを、全部まとめて和らげてくれるように感じた。

「ジェラートはおいしかったか、王子様」
トロイアの街から少し離れたところで、カインがいつの間にか横に立ち、いつも通りの仏頂面−−−表情はよくわからないのだが−−−で問いかけてきた。
エッジは思わず目を細め、鋭く兜の下の目を目がけて睨みつけた。
「・・・・てめえかよ」
リディアにジェラートのことを入れ知恵したのはカインだと確信した。
答えないカインを前に、エッジはひとつの重大な問題を思い出した。
「あ!!てめえ、そういえばドサクサにまぎれてリディアを肩車しただろ!!!」
「仕方ないだろう。頼まれたんだ」
「くーー!こいつ!!ぶっ殺す!!!」
平然とした態度がまた気に食わない。
カインに飛び掛ると、後ろから駆け寄ってきたリディアが非難の声を上げた。
「もう!エッジ、何してるのよ!」
カインをかばうその声が、怒りに油を注ぐのであった。



end

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