2014年7月4日金曜日

SS: 今宵逢ひなば

こちらも昔書いたものです。FF4のエンディング後くらいを想定しています。
ありがちですが、七夕にあわせてアップしてみました。
「七夕って、結局のところどういう日だったっけ?」と調べてみたら、本当に色んなバージョンがあってびっくりしたのでエジリディにしちゃいました。






『今宵逢ひなば』

光を砕いて、こぼしてしまったような上空を見上げて、思わず微笑んだ。
世界中のどんな場所より、ミストは星が近く見える。リディアはそう信じていた。
きらきらと瞬く星は、今にも地上に降ってきそうで、思わず手をかざしてしまう。
その美しい星空に、昔と言うほど古くなく、最近と言うには新しくない、ある出来事が思い出された。
…タナバタマツリ。
気がつくと、満天の星空の下を走り出していた。


エッジが窓を開けて、そこから顔を出し、空を見上げた。
湿気を含んだ少し涼しい風と、かすかな雨のにおいが部屋の中にふわりと広がる。
「あーあ。この天気じゃ、天の川見えねえなあ。せっかく七夕なのに」
窓を閉めながら、残念そうにぼやくエッジの言葉の意味がわからなくて、リディアは唇に指をあてて首を傾げた。
「タナバタ?」
「え?知らねえの?」
頷くと、エッジは机の上に置いてあった紙に、リディアの読めない字を書いた。
「これでタナバタって読むの?」
「おう。エブラーナじゃ、毎年七夕祭をやるんだぜ」
タナバタマツリ。その名前を繰り返してみると、なんだか舌を噛みそうだった。
エッジはそんなリディアの様子を見て少し吹き出す。
「それで、七夕ってなあに?」
リディアが聞くと、エッジは子供に昔話を聞かせるかのような調子で、ゆっくり語り始めた。

むかしむかし、空の上にある神様の国に、織姫という美しい娘がいた。
姫と呼ばれている通り、彼女は天帝という神様の娘で、毎日機織りに精を出す働き者だった。
そんな織姫が、ある日、彦星という勤勉な牛追いの若者に出会う。ふたりは瞬く間に恋に落ちた。
彦星が真面目で、働き者の好青年であったため、天帝は結婚を認め、ふたりは晴れて夫婦となった。

しかし、ふたりは夫婦生活の楽しさのあまり、働くことをやめてしまう。
天帝は怒り、ふたりを天の川という大きく豊かな流れの川で引き離した。
父の制裁に対し、あまりにも娘が嘆き悲しむため、天帝は年に一度七夕の日にだけ、ふたりが会うことを許した。
七夕の日には、無数の鳥たちが天の川に橋を架けてくれるのだ。
その橋を渡って、織姫と彦星は、会うことができる。年に一度だけ。
年に一度のその日に雨が降ってしまうと、川が増水して橋が架からず、ふたりは翌年を待たねばならない…

「悲しいお話なんだね」
神話の類は悲しいものが多いのかもしれない。
リディアが素直に感想を述べると、エッジが不思議そうな顔をした。
「そうか?オレは、働かなくなったふたりがいけないと思うけどな」
リディアも、それはエッジの言う通りだと思った。
幸せすぎて、働かなくなった織姫と彦星は、確かに悪い。
でも、やはり釈然としなくて、彼に疑問をぶつけてみる。
「じゃあ、エッジは、好きな人と年に一度しか会えなくても平気?」
その問いかけが意外だったのか、エッジは少し眉を寄せて、椅子の背に体重をかけた。
「まあ、仕方ねえと思うけどな。色恋沙汰より大事なものがあると思うし」
エッジの答えが理屈っぽいことが意外で、リディアは少し彼との距離を感じた。
一国を背負う責任がある彼にとって、この答えは当たり前のものなのかもしれない。
「お前はどうなんだよ」
エッジが反撃するかのように意地悪な笑顔を浮かべている。
リディアは少し、織姫の状況を想像してみた。
自分の前には大きくて、流れが速くて、底も対岸も見えないような川がある。
一年前に会ったきりの大好きな人は、その大河の向こうにいる。
想像の中の川の冷たさまで感じられるようで、リディアは少し顔をしかめた。
「…あたしは寂しいなあ。でも会えるようにがんばるかな」
「がんばるって?」
「シヴァに川を凍らせてもらうとか、バハムートに飛んでもらうとか、なんとかして渡る」
自分の答えを聞いて、エッジは吹き出した。
「それじゃダメだろ。ますますオヤジがキレるんじゃねえの」
「えー!なんで!?」
何故駄目なのかわからずに、リディアが答えを求めるように声を上げると、エッジはいつものように自分を子ども扱いしてはぐらかすのであった。


エブラーナの城下町には、紙でできた大きな飾りがいたるところにぶら下げられていた。
その飾りの四角や丸の頭についた何股にも分かれた細い足は、風に乗って水中のくらげのようにゆらゆらと動く。
あまり見たことのない、尖った葉を持つ細い木に、何やら書かれた色とりどりの長細い紙がぶらさがっている。
ぼんやりとした光を放つ灯篭が、川に浮かべられている。
タナバタマツリ。
いつか教えてもらった単語を、口の中で繰り返す。
前に試したときよりすんなり発音できて、リディアは思わず少し微笑んでしまう。

幻想的な祭りの景色をじっくり見るでもなく、街を駆け抜ける。
喧騒から少し離れた小高い丘で、目当ての人物を見つけた。
彼もひとりで夜空を見上げている。先日の自分と同じで嬉しくなり、走る速度が自然と速くなった。
そこで、驚いたような瞳と視線が合った。それに構わず一気に距離をつめて、抱きつく。
「来ちゃった」
久し振りに間近に感じる彼からは、神秘的なお香と太陽の香りがした。その心地よさに思わず目を閉じる。
観念したように、彼が笑う声が耳元でして、腕を背中に回される。
「おいおい、一年経ってねえぞ」
素直じゃない。リディアは思わず吹き出した。
「じゃあ、エッジは、好きな人と年に一度しか会えなくても平気?」
いつかぶつけた質問をもう一度してみると、背中に回された腕の力が強くなった気がした。
「無理」
「言ってることが違うよ」
笑いながら指摘すると、うるさい、と唇を塞がれた。
笹の葉が合わさる涼しい音がする。
…だから、がんばるって言ったじゃない。
エッジの腕の中で、リディアはいつかの自分の言葉を思い出して、少し微笑んだ。
降り注がんばかりの満天の星空が、再会を祝福するかのように、ふたりを優しく見下ろしていた。



end


----------------

SS一覧はこちら。

0 件のコメント:

コメントを投稿