2014年11月30日日曜日

SS: 私の心と秋の空

久々になってしまいました。気づいたら秋どころか冬になりかけてます…
先日、「日本人って紅葉好きだよねえ」と友人に言われたところから着想を得て、こんな話を書いてみました。短いです。





『私の心と秋の空』


空の青が濃い。薄く、今にも青色の中に溶け込んでしまいそうな雲がなびいている。ききききっ、という高く澄んだ百舌鳥の声が響いた。
さくさく、という枯れ葉を踏み分ける小気味良い音が止まった。リディアは足を止めて、エッジが仰いでいる方向を見上げた。秋の金色の光を浴びて、楓の葉が真紅に輝いている。彼が植物をまじまじと眺める姿が意外で、思わずその感想をそのまま口にしてしまった。
「エッジが立ち止まって木を気にするなんて、なんだか意外」
その質問自体が意外だと言わんばかりに、エッジはため息をついた。
「おいおい、失礼だな。オレにも紅葉を愛でるくらいのみやびな心はあるっつうの」
「紅葉を愛でるみやびな心?」
リディアは首をかしげた。エブラーナに来て半年ほどになるが、たまに彼が言っている意味がわからないことがある。言葉の問題ではなく、言葉の背景にある文化や慣習がわからないのだ。
「ああ、紅葉を見て、きれいだなあと思う繊細な感性のこと」
「へえ。きれいだと思うと繊細な感性の持ち主なんだ」
「そういうこと」
少し誇らしげなエッジの姿にくすりと笑ってから、リディアは改めて楓の木を見上げた。エブラーナの楓は、ミストやバロンの近くで楓と呼ばれているものよりも葉が小さいが、ずっと濃い紅だった。一陣の風が吹いて枝が強く揺らされ、真っ赤な葉がひらひらと舞い落ちてきた。リディアはそのうちの一枚を拾い上げて、くるくると指で回転させながら眺めた。
「確かにきれいだねえ。こんな深い赤、あんまり見たことない」
「ミストには紅葉狩りとかないわけ?」
「なにそれ?」
えっ、とエッジは心から驚いたような声を上げて、目を見開いた。
「紅葉を見に出かけること」
「ただ見るために出かけるの?狩り、って言っておきながら取らないの?」
「枝とか木とか取ったら、次の年から楽しめないだろ」
「確かにそうだけど。へえ、そんな習慣があるんだね」
エブラーナにそんな行事があると聞いた途端、突然、ミストの紅葉を楽しんでいなかったことが悔やまれた。赤や黄に色づいた葉を美しいと思うことはあれど、わざわざそのために出かけるという発想はこれまでなかったのだ。山の中だから、見どころはたくさんあっただろうに。
「ミストもきれいだった気がするぜ。特にお前の家の裏の百日紅」
「あんまり覚えてない。エッジは見てたのね」
「みやびな心の持ち主だからな」
得意顔の彼に思わず吹き出す。いつもの豪胆さとの落差がおかしいが、そんな複雑な感性を育む土壌として、エブラーナの繊細な文化があるのだろう。
「あっ」
もう一度強い風が吹いて、羽織っていた羊毛のストールが風に奪われた。エッジが野生動物のような反射神経で反応して跳躍し、風から濃い灰色のそれを奪い返す。
「ありがと」
エッジはにやりと笑みを浮かべて、ストールをリディアの首にぐるぐると巻きつけた。
「わっ」
そのまま彼がストールの両端を手前に引っ張ったので、リディアはバランスを崩してエッジの胸に額をぶつけた。
「痛い」
抗議の声を無視して、そのまま背中を強く抱きしめられた。びゅうっという風にさらさらと葉が触れ合う音。リディアは嘆息して彼の腰に腕を回した。
「突然どうしたの」
「お前の髪の毛が紅葉の中で、まだ染まってない葉っぱみたいに見えてさ」
「それ、今の状況と関係ないよね?」
「きれいだと思った」
耳元でささやかれ、心臓が突然大きく跳ねた。動悸は全身に伝わって、みるみるうちに身体を熱くしていく。リディアは耳たぶまで熱くなっているような感覚に陥った。
彼に「きれい」と言われるだけで、こんなにも動揺してしまう。他の人物から言われてもわずかな照れが過ぎ去っていくだけなのに、エッジからの評価はなぜこんなにも特別なのだろう。いつになったら慣れるのだろう。
「どうした?」
今度はエッジが問いかける番だった。リディアは腕の力を強くして、彼の胸に顔をさらに顔をうずめながら、首を振った。
「なんでもない」
くぐもった声で必死に答える姿がおかしかったのか、エッジが笑いを漏らした。前髪の生え際あたりに唇を当てたあと、背中に回されていた腕が緩められ、身体が離れた。リディアのうつむいた顔をのぞき込んで、エッジは目を瞬かせた。
「顔赤いぞ」
「ちょっと寒いだけ」
ちょうどいいところで風が吹いたので、リディアは首に巻かれたストールに顔をうずめた。なんとなく悔しくて、彼の言葉が自分の心をかき乱すことを悟られたくなかった。
「!」
すると、ばさりと布がはためく音がして、横からエッジのマントに覆われた。肩を抱かれ、身体が密着して、またもや心臓が飛び出しそうになった。
「あったかくなったか?」
リディアはうなずいてから、ちらりとエッジの顔を盗み見た。いつもは強さをたたえている水色の瞳は、秋空のように澄んでいて、とても穏やかだ。
「…きれい」
「ほんと、きれいだよなあ」
思わず出た感想は、彼には届かなかったようだ。少しの寂しさと安堵に、リディアは小さく息をついた。


end

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まだ設定すらきちんとできていませんが、もしよろしければぜひお話ししましょう!

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