昔書いてきたものを持ってきました。
FF4時代で、子供扱いしてくる若様にリディアが怒ったところ、思わぬ反撃をされるという話です。
そろそろ新しいお話を載せたいなーと思いつつすみません!
『向日葵』
宿の安っぽいベッドに身を投げ出すと、大した反動もなく、身体が硬い布団にぶつかった。
身体に軽い衝撃が伝わり、リディアは自分の行動を少し後悔した。
「もう!なんなのよ!」
釈然としない気持ちに、思わず聞く者がいない言葉をこぼしてしまう。
顔を横に向けて、手に持ったままだった一本のひまわりの花をぼんやりと眺めて、リディアは先程の出来事を思い出していた。
宿の台所を借りて、リディアはローザと共に夕食の準備をしていた。
今日はローザが夕食当番なのだが、自分が当番でなくても、料理の練習のためにとローザと一緒に台所に立つことが多かった。
ローザが軽快なリズムで野菜を切っている。
その器用さや、食事を準備する手際の良さは、とても貴族の娘とは思えない。
バロン有数の貴族の娘である彼女は、台所に立つどころか、配膳すらやったことがないのではないだろうか。
器用な手つきを感心して眺めていると、その視線に気づいたローザが首を傾げた。
「どうしたの?」
「なんでローザはそんなに器用なの?」
リディアの疑問に、ローザは少し驚いたように大きな瞳を更に大きくする。
「私なんてまだまだよ」
「でも、おうちじゃご飯の準備なんてしてなかったでしょ?
ローザが作ったご飯はおいしいし、準備のときはすごくてきぱきしてるし。どうして?」
ローザの答えを聞けば、自分もすぐに料理の腕が上達するような気がして、リディアは彼女の答えを待ちきれない気持ちで待っていた。
その期待に気づいたのか、ローザは少し困ったような笑顔を浮かべ、肩をすくめた。
「バロンで、白魔道士の修練をしたときに、料理も習ったのよ。救護や野戦のとき、必要でしょう」
「ああ、そっかあ」
黒魔道や召喚魔法の修行には料理などという項目はなかった。もちろん、バロンが軍事国家ということもあるのだろう。
料理の上達への近道を断たれ、落胆の念を抱かなかったと言えば嘘になるが、ローザの答えに過剰な期待を寄せていた自分がおかしくなり、リディアは思わず苦笑した。
そのとき、香ばしい香りが台所を満たしていることに気づいた。
ローザが慌てて石釜へ駆け寄り、大きな扉を開ける。
彼女が鉄板を取り出すと、その上には表面が黒く焦げた鶏肉が乗っていた。
会話に夢中になっていて、焦げさせてしまったらしい。
ローザはその鶏肉をリディアに見せて、恥ずかしそうに小さく舌を出した。
「ほらね、まだまだよ」
いつもは美しく隙のない、彼女が見せたその仕草が可愛らしくて、リディアはローザへの親愛の情が今まで以上に深まるのを感じた。
焦げた部分を綺麗に取り除かれ切り分けられた鶏肉や、リディアが作ったかぼちゃのスープなどが食卓に並べられる。
宿の食卓には椅子が五つあって、一つだけ空いている。
「エッジ、遅いわねえ」
ローザがそう言って、宿の台所についたダイニングと廊下をつなぐ扉を見やるが、それで彼が帰ってくるはずもない。
これまでもしばしば食事の際に全員揃わないこともあったので、今日の夕食も、エッジを除く四人で先に食べ始めた。
「リディアはどれを作ったんだい?」
セシルがスープを口に運んだ後、パンを千切りながら微笑む。リディアは緊張感を覚えながら、濃い黄色のスープを指さした。
「へえ。すごいじゃないか。このスープ、すごくおいしいよ」
確認するかのように、セシルがもう一口スープを口に含む。カインもうっすら微笑んで、セシルに同意するように頷いた。
「リディアはなかなか筋がいいの。私なんかより」
照れ笑いを浮かべていると、ローザが片目を瞑ってみせる。
焦がしてしまった鶏肉のことはふたりの秘密にしておこう。リディアは思った。
食事をとりながら、隣に座るローザの顔を盗み見るように観察する。
大きな琥珀色の瞳は本物の琥珀のように澄んで輝いていて、長くて上向きにカールした睫毛に縁取られている。
どこまでも白い肌の上にそびえる鼻は高く、それでいて大きすぎない。薄く紅を差している唇は程良い厚みがあり、艶やかだ。
美しいようとしか言いようがない彼女の横顔に、リディアは胸が高まると同時に、羨望の念を抱きかけ、慌てて視線を逸らした。
その時、ダイニングの扉が乱暴に開けられた。
「おっ、もう夕飯か。遅くなっちまったな」
悪びれもせず食卓を見たエッジは、何故か白いバラの花束を手に持っている。
彼の粗野な雰囲気と白いバラのコントラストが自分の中で受け入れがたく、リディアは思わず眉を寄せてしまう。
セシルとローザが驚いたように少し目を見開いた。カインは無表情だ。
そのまま彼はローザの横へ歩を進め、その大きな花束を彼女へ差し出した。
バラの優雅な香りが、隣に座るリディアの元まで届く。
ローザは驚いた表情のまま、その花束とエッジを交互に見た。
「花屋の子と仲良くなってもらったんだ。やるよ」
「私はいいわよ。それより・・・・」
困ったような表情のローザが、リディアに視線を送る。すると、エッジがいつもの意地悪そうな笑顔を浮かべて、ローザに白い花束を無理矢理押し付けた。
「バラって言ったらあんただろ」
ローザに花束を渡してしまうと、彼の手には黄金の花びらを持つ一本のひまわりが現れた。大きな花束に隠されていて、見えなかったのだろう。
バラの花束に比べたら貧相としか言えない、包まれていない裸のひまわりがリディアに差し出される。
「お子様にはこっち」
唖然としていると、エッジがほとんど投げるようにして、リディアにひまわりを手渡した。
思わず、ローザの手の中の白いバラの花束と見比べてしまう。
見れば見るほどひまわりの貧相さが際立つような気がする。
「うん、ぴったりだな」
底意地の悪さが混ざった満足げな笑顔を浮かべながら、エッジがリディアの頭に手を置いて、何度か軽く叩いた。
無意識に頬が膨らむ。リディアは勢いよく立ち上がって、エッジにありったけの声をぶつけた。
「もうっ!!エッジのばかっ!!!」
ひるむことなく、エッジは口の端を上げながらそんな自分を観察している。
悔しくなって、リディアはダイニングから逃げるようにして飛び出した。
ベッドの上で、白いバラの花束を思い出し、リディアは溜息をついた。
何故、あの時あんなに憤りを感じたのだろう?
自問すると、答えはすぐに返ってきた。
エッジが自分を子供扱いして、馬鹿にするからだ。
エッジの態度は誰に対しても尊大なのであるが、自分に対しては特にひどい気がする。
そのひどさの根源は、彼が自分を何かにつけて子供扱いして絡んでくることだ。
確かにエッジから見たら自分は子供かもしれない。でも・・・・
考えるのを止めて、指でひまわりの長くて瑞々しい茎を回す。
くるくると踊るように回転する黄金の花びらは潤いを持っていて、夜であっても太陽を受けているかのように輝きを持っている。
ひまわりが悪いわけではない。そう思っていても、その黄金の花びらはどこかくすんで見えた。
さすがにこのままひまわりを手で持っていることに良心の呵責を覚え、リディアはベッドから降りた。
水に挿してやろう。花瓶と水を求め、部屋を出ようとしてドアを開けると、その前にエッジが立っていて、リディアは息を飲んだ。
とっさに、普段と変わらない、掴みどころの無い笑顔を浮かべた彼は、今まさにドアをノックしようとしていたらしい。
上げられた拳が行き場をなくしたように下ろされた。
「何よ」
怒りが蘇ってきて、リディアはエッジを睨みつけた。
鋭い視線を物ともせず、エッジは水の入った細いグラスを差し出した。
今まさに自分が欲しかったものを差し出され、リディアはとっさにどうするべきか判断できず、反射的にそのグラスを受け取ってしまった。
「入っていいか?」
リディアが答える前に、エッジは身体をドアとリディアの隙間に滑り込ませ、部屋の中に入ってきた。
勝手な彼の行動に辟易しながら、リディアはベッドの横の小さなテーブルに水の入ったグラスを置き、ひまわりを挿した。
長い茎が安定する場所を求めて何度か左右に揺れ、ある一点で止まる。
それを見届けて、リディアは勝手に椅子の背に腕を置いているエッジをもう一回渾身の力を振り絞って睨みつけた。
「今、エッジの顔見たくないから出てってよ」
リディアの剣幕に対して、悪びれもせずに、エッジはにやにやと笑っている。
「言うなあ。オレはガキんちょがぷりぷりしてるみたいだから、ご機嫌伺いに来たんだけどな」
また子供扱いだ。リディアはエッジが座る椅子の横に立って、手を腰に当てた。
「それが嫌なの!エッジはいつもあたしを子供扱いするんだから!」
エッジは座った姿勢のまま、リディアの怒りなどどこ吹く風といった表情で、彼女の顔を見上げている。
彼の冷静な対応がまた気に食わない。リディアは抗議の台詞を続けた。
「あたしのこと、いっつも子供扱いして、馬鹿にして、楽しんでるのがすっごく嫌なの!」
早口でまくし立てると、エッジが椅子から立ち上がった。
そして、リディアの前に立ち、顔に向けて手を伸ばしてきた。
突然のことで反応できない。エッジの長い指が自分の顎を支えた。
「じゃあ、子供扱いしなきゃいいのか?」
先程とは打って変わって真剣な表情だ。
空色の瞳の中に丸く歪んだ自分の姿を認めたとき、リディアは思わず顎を支えるエッジの手を払って距離を保とうとした。
しかしエッジの大きな手が瞬時にリディアの腕を掴む。
「いたっ」
リディアの腕を掴んだ彼の手の力は強かった。
しかし、リディアの短い悲鳴にも関わらず、手の力は弱められない。
抗議しようとして彼の顔を見ると、鋭い空色の瞳が自分を捉えている。
顔を逸らすことを許さない強い視線に、リディアは怒りを忘れ、別の感情が生まれ出ようとしているのを感じた。
「オレが子供扱いすると、お前は何が嫌なんだっけ?」
エッジの薄い唇から言葉が紡がれる。その唇の動きが、やけにゆっくりに見える。
リディアは一人で想いを巡らせた結果、たどりついた答えを口にする。
「・・・・あたしも一人前の大人って認めてほしいの」
笑われるだろうと思い、心の準備をするが、彼は笑うことなく真剣な眼差しで自分を見つめ続けている。
高鳴る鼓動が耳まで伝わってきた。顔に熱が上っている気がする。
「お前を大人として扱えばいいんだな」
「そ、そうだよ」
精一杯気丈に頷くと、空色の瞳がすっと細められた。
「じゃあ、覚悟しろよ」
「覚悟って・・・・」
言葉の意味を問うが、エッジは答えずに少し微笑んだ。
空色の瞳が閉じられる。
これから行われることを漠然と想像するが、身体が動かない。
エッジの薄い唇は、赤く、少し尖っているように見えた。
強く瞳を閉じてその瞬間を待っていると、額が合わせられた。
ふいに瞳を開けると、呼吸する小さな風すら感じられそうな至近距離にエッジの顔がある。
目を閉じる前の真剣な表情はどこへやら、エッジはいつものように、意地悪そうな笑顔を見せた。
「何すると思った?」
リディアは、あまりの恥ずかしさに、全身の熱が頭に上ったのを感じた。顔から火が吹き出すのではないかと本気で心配になる。
追い討ちをかけるように、エッジが白い歯をこぼれさせる。
「お子様相手に、このオレ様が手を出すかよ」
掴んだ腕を離し、いかにも芝居でしたと言わんばかりにエッジが肩をすくめる。
色々な感情が頭の中に溢れ出し、どう伝えればいいのかわからない。
黙っているのは悔しくて、リディアはいつもの言葉を叫んだ。
「エッジのばか!変態!もう、だいっきらいなんだから!」
罵詈雑言から逃れるかのように、エッジはリディアに背を向けて、ドアに向けて歩き出す。
咄嗟にベッドの上の枕を掴んでエッジに投げつけると、彼は後ろ手にそれを受け止め、リディアに軽く投げ返した。
「じゃ、おやすみ。怖い夢見たら一緒に寝てやるぜ」
慌てて枕を受け取ってもう一度投げる。しかし、枕はエッジが閉めた木製のドアにぶつかって、軽く反射して床に落ちた。
低いベッドに身を投げ出すと、やはり大した反動もなく、身体が打ちつけられ、リディアはまたもや自分の行動に後悔した。
「もう、本当になんなのよ・・・・」
溜息混じりに、聞く者のいない独り言をつぶやき、枕を抱きしめる。
ベッドの横には輝くひまわりの花が咲いていた。
生命力溢れる黄金の花びらが本当に美しい。
輝くひまわりの向こうに空が広がっているような錯覚に陥り、顔に血が上る。
あのときの胸の高鳴りは何だったのだろう。
空色の瞳が閉じられた瞬間を思い出し、リディアの小さな胸が早鐘を打った。
頭からすっぽり薄いシーツをかぶる。
首を振って、あのときの映像を脳から追いやり、高鳴る鼓動を沈めようとする。
しかし、全身を伝わる熱は朱に染まった皮膚とシーツとに覆われて、逃げて行きそうにない。ため息がシーツの中にこもった。
黄金の花びらの色が瞼の裏に焼きついて、明るく輝いていた。
end
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FF4時代で、子供扱いしてくる若様にリディアが怒ったところ、思わぬ反撃をされるという話です。
そろそろ新しいお話を載せたいなーと思いつつすみません!
『向日葵』
宿の安っぽいベッドに身を投げ出すと、大した反動もなく、身体が硬い布団にぶつかった。
身体に軽い衝撃が伝わり、リディアは自分の行動を少し後悔した。
「もう!なんなのよ!」
釈然としない気持ちに、思わず聞く者がいない言葉をこぼしてしまう。
顔を横に向けて、手に持ったままだった一本のひまわりの花をぼんやりと眺めて、リディアは先程の出来事を思い出していた。
宿の台所を借りて、リディアはローザと共に夕食の準備をしていた。
今日はローザが夕食当番なのだが、自分が当番でなくても、料理の練習のためにとローザと一緒に台所に立つことが多かった。
ローザが軽快なリズムで野菜を切っている。
その器用さや、食事を準備する手際の良さは、とても貴族の娘とは思えない。
バロン有数の貴族の娘である彼女は、台所に立つどころか、配膳すらやったことがないのではないだろうか。
器用な手つきを感心して眺めていると、その視線に気づいたローザが首を傾げた。
「どうしたの?」
「なんでローザはそんなに器用なの?」
リディアの疑問に、ローザは少し驚いたように大きな瞳を更に大きくする。
「私なんてまだまだよ」
「でも、おうちじゃご飯の準備なんてしてなかったでしょ?
ローザが作ったご飯はおいしいし、準備のときはすごくてきぱきしてるし。どうして?」
ローザの答えを聞けば、自分もすぐに料理の腕が上達するような気がして、リディアは彼女の答えを待ちきれない気持ちで待っていた。
その期待に気づいたのか、ローザは少し困ったような笑顔を浮かべ、肩をすくめた。
「バロンで、白魔道士の修練をしたときに、料理も習ったのよ。救護や野戦のとき、必要でしょう」
「ああ、そっかあ」
黒魔道や召喚魔法の修行には料理などという項目はなかった。もちろん、バロンが軍事国家ということもあるのだろう。
料理の上達への近道を断たれ、落胆の念を抱かなかったと言えば嘘になるが、ローザの答えに過剰な期待を寄せていた自分がおかしくなり、リディアは思わず苦笑した。
そのとき、香ばしい香りが台所を満たしていることに気づいた。
ローザが慌てて石釜へ駆け寄り、大きな扉を開ける。
彼女が鉄板を取り出すと、その上には表面が黒く焦げた鶏肉が乗っていた。
会話に夢中になっていて、焦げさせてしまったらしい。
ローザはその鶏肉をリディアに見せて、恥ずかしそうに小さく舌を出した。
「ほらね、まだまだよ」
いつもは美しく隙のない、彼女が見せたその仕草が可愛らしくて、リディアはローザへの親愛の情が今まで以上に深まるのを感じた。
焦げた部分を綺麗に取り除かれ切り分けられた鶏肉や、リディアが作ったかぼちゃのスープなどが食卓に並べられる。
宿の食卓には椅子が五つあって、一つだけ空いている。
「エッジ、遅いわねえ」
ローザがそう言って、宿の台所についたダイニングと廊下をつなぐ扉を見やるが、それで彼が帰ってくるはずもない。
これまでもしばしば食事の際に全員揃わないこともあったので、今日の夕食も、エッジを除く四人で先に食べ始めた。
「リディアはどれを作ったんだい?」
セシルがスープを口に運んだ後、パンを千切りながら微笑む。リディアは緊張感を覚えながら、濃い黄色のスープを指さした。
「へえ。すごいじゃないか。このスープ、すごくおいしいよ」
確認するかのように、セシルがもう一口スープを口に含む。カインもうっすら微笑んで、セシルに同意するように頷いた。
「リディアはなかなか筋がいいの。私なんかより」
照れ笑いを浮かべていると、ローザが片目を瞑ってみせる。
焦がしてしまった鶏肉のことはふたりの秘密にしておこう。リディアは思った。
食事をとりながら、隣に座るローザの顔を盗み見るように観察する。
大きな琥珀色の瞳は本物の琥珀のように澄んで輝いていて、長くて上向きにカールした睫毛に縁取られている。
どこまでも白い肌の上にそびえる鼻は高く、それでいて大きすぎない。薄く紅を差している唇は程良い厚みがあり、艶やかだ。
美しいようとしか言いようがない彼女の横顔に、リディアは胸が高まると同時に、羨望の念を抱きかけ、慌てて視線を逸らした。
その時、ダイニングの扉が乱暴に開けられた。
「おっ、もう夕飯か。遅くなっちまったな」
悪びれもせず食卓を見たエッジは、何故か白いバラの花束を手に持っている。
彼の粗野な雰囲気と白いバラのコントラストが自分の中で受け入れがたく、リディアは思わず眉を寄せてしまう。
セシルとローザが驚いたように少し目を見開いた。カインは無表情だ。
そのまま彼はローザの横へ歩を進め、その大きな花束を彼女へ差し出した。
バラの優雅な香りが、隣に座るリディアの元まで届く。
ローザは驚いた表情のまま、その花束とエッジを交互に見た。
「花屋の子と仲良くなってもらったんだ。やるよ」
「私はいいわよ。それより・・・・」
困ったような表情のローザが、リディアに視線を送る。すると、エッジがいつもの意地悪そうな笑顔を浮かべて、ローザに白い花束を無理矢理押し付けた。
「バラって言ったらあんただろ」
ローザに花束を渡してしまうと、彼の手には黄金の花びらを持つ一本のひまわりが現れた。大きな花束に隠されていて、見えなかったのだろう。
バラの花束に比べたら貧相としか言えない、包まれていない裸のひまわりがリディアに差し出される。
「お子様にはこっち」
唖然としていると、エッジがほとんど投げるようにして、リディアにひまわりを手渡した。
思わず、ローザの手の中の白いバラの花束と見比べてしまう。
見れば見るほどひまわりの貧相さが際立つような気がする。
「うん、ぴったりだな」
底意地の悪さが混ざった満足げな笑顔を浮かべながら、エッジがリディアの頭に手を置いて、何度か軽く叩いた。
無意識に頬が膨らむ。リディアは勢いよく立ち上がって、エッジにありったけの声をぶつけた。
「もうっ!!エッジのばかっ!!!」
ひるむことなく、エッジは口の端を上げながらそんな自分を観察している。
悔しくなって、リディアはダイニングから逃げるようにして飛び出した。
ベッドの上で、白いバラの花束を思い出し、リディアは溜息をついた。
何故、あの時あんなに憤りを感じたのだろう?
自問すると、答えはすぐに返ってきた。
エッジが自分を子供扱いして、馬鹿にするからだ。
エッジの態度は誰に対しても尊大なのであるが、自分に対しては特にひどい気がする。
そのひどさの根源は、彼が自分を何かにつけて子供扱いして絡んでくることだ。
確かにエッジから見たら自分は子供かもしれない。でも・・・・
考えるのを止めて、指でひまわりの長くて瑞々しい茎を回す。
くるくると踊るように回転する黄金の花びらは潤いを持っていて、夜であっても太陽を受けているかのように輝きを持っている。
ひまわりが悪いわけではない。そう思っていても、その黄金の花びらはどこかくすんで見えた。
さすがにこのままひまわりを手で持っていることに良心の呵責を覚え、リディアはベッドから降りた。
水に挿してやろう。花瓶と水を求め、部屋を出ようとしてドアを開けると、その前にエッジが立っていて、リディアは息を飲んだ。
とっさに、普段と変わらない、掴みどころの無い笑顔を浮かべた彼は、今まさにドアをノックしようとしていたらしい。
上げられた拳が行き場をなくしたように下ろされた。
「何よ」
怒りが蘇ってきて、リディアはエッジを睨みつけた。
鋭い視線を物ともせず、エッジは水の入った細いグラスを差し出した。
今まさに自分が欲しかったものを差し出され、リディアはとっさにどうするべきか判断できず、反射的にそのグラスを受け取ってしまった。
「入っていいか?」
リディアが答える前に、エッジは身体をドアとリディアの隙間に滑り込ませ、部屋の中に入ってきた。
勝手な彼の行動に辟易しながら、リディアはベッドの横の小さなテーブルに水の入ったグラスを置き、ひまわりを挿した。
長い茎が安定する場所を求めて何度か左右に揺れ、ある一点で止まる。
それを見届けて、リディアは勝手に椅子の背に腕を置いているエッジをもう一回渾身の力を振り絞って睨みつけた。
「今、エッジの顔見たくないから出てってよ」
リディアの剣幕に対して、悪びれもせずに、エッジはにやにやと笑っている。
「言うなあ。オレはガキんちょがぷりぷりしてるみたいだから、ご機嫌伺いに来たんだけどな」
また子供扱いだ。リディアはエッジが座る椅子の横に立って、手を腰に当てた。
「それが嫌なの!エッジはいつもあたしを子供扱いするんだから!」
エッジは座った姿勢のまま、リディアの怒りなどどこ吹く風といった表情で、彼女の顔を見上げている。
彼の冷静な対応がまた気に食わない。リディアは抗議の台詞を続けた。
「あたしのこと、いっつも子供扱いして、馬鹿にして、楽しんでるのがすっごく嫌なの!」
早口でまくし立てると、エッジが椅子から立ち上がった。
そして、リディアの前に立ち、顔に向けて手を伸ばしてきた。
突然のことで反応できない。エッジの長い指が自分の顎を支えた。
「じゃあ、子供扱いしなきゃいいのか?」
先程とは打って変わって真剣な表情だ。
空色の瞳の中に丸く歪んだ自分の姿を認めたとき、リディアは思わず顎を支えるエッジの手を払って距離を保とうとした。
しかしエッジの大きな手が瞬時にリディアの腕を掴む。
「いたっ」
リディアの腕を掴んだ彼の手の力は強かった。
しかし、リディアの短い悲鳴にも関わらず、手の力は弱められない。
抗議しようとして彼の顔を見ると、鋭い空色の瞳が自分を捉えている。
顔を逸らすことを許さない強い視線に、リディアは怒りを忘れ、別の感情が生まれ出ようとしているのを感じた。
「オレが子供扱いすると、お前は何が嫌なんだっけ?」
エッジの薄い唇から言葉が紡がれる。その唇の動きが、やけにゆっくりに見える。
リディアは一人で想いを巡らせた結果、たどりついた答えを口にする。
「・・・・あたしも一人前の大人って認めてほしいの」
笑われるだろうと思い、心の準備をするが、彼は笑うことなく真剣な眼差しで自分を見つめ続けている。
高鳴る鼓動が耳まで伝わってきた。顔に熱が上っている気がする。
「お前を大人として扱えばいいんだな」
「そ、そうだよ」
精一杯気丈に頷くと、空色の瞳がすっと細められた。
「じゃあ、覚悟しろよ」
「覚悟って・・・・」
言葉の意味を問うが、エッジは答えずに少し微笑んだ。
空色の瞳が閉じられる。
これから行われることを漠然と想像するが、身体が動かない。
エッジの薄い唇は、赤く、少し尖っているように見えた。
強く瞳を閉じてその瞬間を待っていると、額が合わせられた。
ふいに瞳を開けると、呼吸する小さな風すら感じられそうな至近距離にエッジの顔がある。
目を閉じる前の真剣な表情はどこへやら、エッジはいつものように、意地悪そうな笑顔を見せた。
「何すると思った?」
リディアは、あまりの恥ずかしさに、全身の熱が頭に上ったのを感じた。顔から火が吹き出すのではないかと本気で心配になる。
追い討ちをかけるように、エッジが白い歯をこぼれさせる。
「お子様相手に、このオレ様が手を出すかよ」
掴んだ腕を離し、いかにも芝居でしたと言わんばかりにエッジが肩をすくめる。
色々な感情が頭の中に溢れ出し、どう伝えればいいのかわからない。
黙っているのは悔しくて、リディアはいつもの言葉を叫んだ。
「エッジのばか!変態!もう、だいっきらいなんだから!」
罵詈雑言から逃れるかのように、エッジはリディアに背を向けて、ドアに向けて歩き出す。
咄嗟にベッドの上の枕を掴んでエッジに投げつけると、彼は後ろ手にそれを受け止め、リディアに軽く投げ返した。
「じゃ、おやすみ。怖い夢見たら一緒に寝てやるぜ」
慌てて枕を受け取ってもう一度投げる。しかし、枕はエッジが閉めた木製のドアにぶつかって、軽く反射して床に落ちた。
低いベッドに身を投げ出すと、やはり大した反動もなく、身体が打ちつけられ、リディアはまたもや自分の行動に後悔した。
「もう、本当になんなのよ・・・・」
溜息混じりに、聞く者のいない独り言をつぶやき、枕を抱きしめる。
ベッドの横には輝くひまわりの花が咲いていた。
生命力溢れる黄金の花びらが本当に美しい。
輝くひまわりの向こうに空が広がっているような錯覚に陥り、顔に血が上る。
あのときの胸の高鳴りは何だったのだろう。
空色の瞳が閉じられた瞬間を思い出し、リディアの小さな胸が早鐘を打った。
頭からすっぽり薄いシーツをかぶる。
首を振って、あのときの映像を脳から追いやり、高鳴る鼓動を沈めようとする。
しかし、全身を伝わる熱は朱に染まった皮膚とシーツとに覆われて、逃げて行きそうにない。ため息がシーツの中にこもった。
黄金の花びらの色が瞼の裏に焼きついて、明るく輝いていた。
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