FF4TA本編中で、エブラーナの子供がリディアが来たことを歓迎する台詞があり、どうやらお館様の気持ちは広く国民にばれているようなのですが、「四人衆を始めとするエブラーナの人たちは、エッジとリディアをどう見ているのだろう?」と思い、こんなものを書いてしまいました。
あまりエジリディっぽくない話ですがよろしければどうぞ。エッジ編の最後でふたりが再会したあたりで、『天国と地獄』の裏で起きている話です。
『君が名、我が名』
バブイルの塔から飛び降りたところを奇跡的に通りがかった飛空艇に着地し、一命を取り留めたその日、ドワーフの城の中にある酒場で、エブラーナ四人衆は夕食をとっていた。飛空艇の整備と物資補給のため、今夜はドワーフの城に滞在するのだ。今、主君はジオット王と、王女ルカと、彼女と主君の古い友人であるリディアと四人で会食をしている。
あまりに多くのことがありすぎた一日ではあったが、空腹が満たされるにつれて、緊張感が和らぎ、話をする余裕が生まれてきた。
「リディア様、ちょっと意外でした」
初めて彼女に会ったというツキノワが、突然素直な感想を述べた。屈託のない言い方に、ザンゲツはふっと鼻で笑い、ゲッコウは首を傾げ、イザヨイはぴくりと眉を動かした。
「ご家老が聡明で美しい方だとおっしゃっていたので、ものすごく美人で凛とした感じの人かと思ってたんですけど。なんというか、優しそうで、ふんわりしてるというか」
「リディア様がおきれいではないと?」
ザンゲツが面白そうに口を挟む。ツキノワは慌てて首を振った。
「違います違います!きれいな方だとは思うんですけど、意外だったんです。ずっとお館様の求婚をはねつけているような人には見えないなあ、って」
ゲッコウがこらえきれなかったように吹き出した。イザヨイは無表情でテーブルの上の水の入ったグラスに手を伸ばした。
「ご家老がお前にそう話したのか」
「いや、そうじゃないですけど、みんながそう噂しているから。違うんですか?」
ザンゲツとゲッコウは同時に笑い声を上げた。相変わらずイザヨイは目の前の出来事に興味がないかのように水を口に含んだ。
国王には想い人がいる。それはエブラーナ国民の共通認識だった。しばらく前−−−ツキノワが生まれる前くらい−−−は、主君が秘める想いに気づいていなかった家老がとっかえひっかえ見合いの話を持ち出してきていたのだが、あるときを境にそれがぴたりと止まった。ゲッコウはその時期が、主の顔に消えない傷ができたくらいからだと記憶していた。
「お館様に求められて、断る女子などおらんだろう」
ザンゲツの言葉にゲッコウは心から同意して二度頷いた。ゲッコウは、自らの主君よりも強く、人心掌握に長け、洗練された男を知らない。リディアへの想いがささやかれるようになる以前は、女性関係の噂をよく耳にしたものだった。
イザヨイはもうひと口、水を含んだ。リディアを見るのは初めてではなかったがこれまで名乗るような機会はなかったので、自己紹介とはいえ彼女と言葉を交わしたことが夢のようだった。憧れと呼ぶには苦しさを伴いすぎている、思慕を寄せる主君の世界に少し近づけたような気がした。
初めてエブラーナで彼女の姿を見かけたとき、心の中に黒い感情が生まれなかったと言えば嘘になる。今日も、ファルコンの甲板の上でリディアと再会した瞬間、主君が図らずも覗かせたであろう温かみを帯びた安堵の表情に、胸が刺されたかのように痛んだ。
しかし、その後、リディアの正面に立ち紺碧の瞳に見据えられた途端に、わだかまりは融解した。優しさと知性と強さを兼ね備えた彼女の浮世離れした存在感は身につけようと思っても身につけられるものではない。そして主君はその雰囲気も含めた彼女のすべてを愛しているのだと悟ったのだった。
「でもやっぱりちょっと意外です。お館様は、もっとこう、冷静そうで大人っぽい感じの人がお好きなんだと思ってました。例えばイザヨイみたいな」
ごつん、と大きくはないが、会話を遮る音が響いた。イザヨイが中身を飲み干したグラスを勢いよくテーブルに置いた音だった。彼女は呆れたように短いため息をつき、席を立った。
「くだらない会話についていけない。また明日」
イザヨイの後ろ姿が見えなくなったところで、ゲッコウがふう、と息をついた。
「まったく、ツキノワ、明日イザヨイに傷を治してもらえなくても文句は言えないぞ」
確信犯なのか、ツキノワは頭をかいて苦笑した。
「お館様が大人っぽくてちょっときつい女性が好みなのは本当じゃないですか。ほら、前にお妃候補って言われてた方だって」
「そう言われてみれば、確かにそうじゃな」
ザンゲツは言われた人物を脳裏に浮かべ、顎に手を当てた。高官の娘で、エブラーナいちの美女と噂される彼女は、その厳しさでも有名だった。彼女が圧倒的とも言える美しさを放っていたのに対し、リディアの魅力はまだ掴みかねないとも思った。
「確かにリディア様はお美しいが…何がそんなにお館様を夢中にさせているのじゃろうなあ」
「うむ、しかも、あのお館様が求婚できないくらいに思いつめているとは」
ゲッコウは頷き、腕を組んで思案した。彼ほどの男が躊躇する理由が見つからない。
「吊り橋効果ってやつですかねえ。長いこと、生命の危機を覚える状況に一緒にいたから、錯覚してるとか」
「…楽しそうだな」
笑い声を遮る冷たくどこか尖った声に三人は肩を跳ねさせた。いつの間にか主君が横に立っていたのだった。エッジは顔に笑みを張り付けてはいるが、目が笑っていない。ザンゲツとゲッコウは身体を固くしたが、ツキノワは屈託のない笑みでふたりの心臓が止まるような発言をした。
「お館様!今、リディア様の話をしてたんです。きれいな方ですねえ。ところで、求婚は」
慌ててザンゲツが咳き込み、その間にゲッコウがツキノワの口を塞いだ。ツキノワの言葉が止まったのを見計らい、ザンゲツはエッジの前に膝をついた。ゲッコウとツキノワがそれにならう。
「御用でしょうか?」
「イザヨイが、お前らがここで今後について話し合ってるって言ったから来たんだが」
ザンゲツは頭を下げながら、背中に冷や汗が落ちるのを感じた。女の恨みは怖い。そんな言葉が思い出された。この間にもツキノワがまたおかしな発言をするのではないかと緊張が走る。
ややあって、エッジは呆れたように息をついた。
「まあいい。イザヨイにも言ったんだが、頼みがある」
何を命じられるのだろうか。顔を上げると、エッジの瞳が細められた。
「何があってもリディアの命を守れ。あいつはこの世界の希望だ。もし、オレかあいつか選ばなければいけない状況になったら、迷わずあいつを選べ」
「そ、そんな!」
ツキノワが抗議の声を上げると、主君は口の端を上げた。
「オレはお前らに助けられるほどなまってない、ってことだ」
自信に溢れる勇ましい笑顔に、ゲッコウは尊敬の念を深め、もう一度頭を下げた。この主君に支えられることが誇らしい。一方で、リディアの存在は間違いなく彼のよすがとなっていると確信した。
今見せた自信のかけらでもリディアに向けることができれば、その関係は間違いなく進展するのに、とザンゲツは心底無念だった。しかし、その事実こそが彼の想いの深さを物語っている。これはあのしつこい家老も黙るわけだ。
リディアがここまで主君を夢中にしている理由を知りたい。ツキノワは好奇心が湧き起こるのを感じた。彼女の護衛をしながらそれを探っていこう。そして、国で待つ人々に、逐一それを報告しようと心に留めた。
「ご家老!ツキノワからの手紙が参りました!」
「おおっ、待ちわびたぞ!」
主君がリディアと再会したと書かれた前回の手紙が届いてから半月ほど経過していた。ツキノワは忍軍の友人宛てに書いているのだが、国の存亡に関わる重大事ということで、当然のように城内で回覧されていた。
家老は眼鏡をかけて手紙を手に取った。読み進めるにつれて表情が曇り、最後にはため息とともに手紙を折った。
「いかがでしたか」
部下の言葉に家老は肩を落として首を振った。
「リディア様のご実家へ行かれたにも関わらず、まったく進展なしじゃ。まったく、若様は…」
「お館様のこと、きっとお考えがあって機が熟すのをお待ちなのでしょう」
手紙を受け取り、ざっと目を通した側衆が心中を慮るような発言をすると、家老は鋭い視線で彼を睨み、肩をつかんだ。
「そう信じて、わしが何年待っていると思うか!」
側衆の肩を揺らすと、家老はおいおいと声を上げて、遠く声が届かない場所にいる主君へ恨み言を連ねた。
「若、男たるものやるときはやらねばならぬのです…熟しすぎた果実は腐って土に帰るほかないのですぞー!」
部屋にいた側近たちは、興奮する家老に見つからないように苦笑した。過保護なまでに見守られながら前途多難な恋に落ちた主君を、少し不憫に感じた。
その後、エブラーナがイフリートに襲撃された際、ひとりで迎え撃とうとしたエッジをリディアが追いかけたという話に、家老を始めとするエブラーナ国民が沸いたのは無理もないことだった。
end
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関連作品
『天国と地獄』
SS一覧はこちら。
あまりエジリディっぽくない話ですがよろしければどうぞ。エッジ編の最後でふたりが再会したあたりで、『天国と地獄』の裏で起きている話です。
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バブイルの塔から飛び降りたところを奇跡的に通りがかった飛空艇に着地し、一命を取り留めたその日、ドワーフの城の中にある酒場で、エブラーナ四人衆は夕食をとっていた。飛空艇の整備と物資補給のため、今夜はドワーフの城に滞在するのだ。今、主君はジオット王と、王女ルカと、彼女と主君の古い友人であるリディアと四人で会食をしている。
あまりに多くのことがありすぎた一日ではあったが、空腹が満たされるにつれて、緊張感が和らぎ、話をする余裕が生まれてきた。
「リディア様、ちょっと意外でした」
初めて彼女に会ったというツキノワが、突然素直な感想を述べた。屈託のない言い方に、ザンゲツはふっと鼻で笑い、ゲッコウは首を傾げ、イザヨイはぴくりと眉を動かした。
「ご家老が聡明で美しい方だとおっしゃっていたので、ものすごく美人で凛とした感じの人かと思ってたんですけど。なんというか、優しそうで、ふんわりしてるというか」
「リディア様がおきれいではないと?」
ザンゲツが面白そうに口を挟む。ツキノワは慌てて首を振った。
「違います違います!きれいな方だとは思うんですけど、意外だったんです。ずっとお館様の求婚をはねつけているような人には見えないなあ、って」
ゲッコウがこらえきれなかったように吹き出した。イザヨイは無表情でテーブルの上の水の入ったグラスに手を伸ばした。
「ご家老がお前にそう話したのか」
「いや、そうじゃないですけど、みんながそう噂しているから。違うんですか?」
ザンゲツとゲッコウは同時に笑い声を上げた。相変わらずイザヨイは目の前の出来事に興味がないかのように水を口に含んだ。
国王には想い人がいる。それはエブラーナ国民の共通認識だった。しばらく前−−−ツキノワが生まれる前くらい−−−は、主君が秘める想いに気づいていなかった家老がとっかえひっかえ見合いの話を持ち出してきていたのだが、あるときを境にそれがぴたりと止まった。ゲッコウはその時期が、主の顔に消えない傷ができたくらいからだと記憶していた。
「お館様に求められて、断る女子などおらんだろう」
ザンゲツの言葉にゲッコウは心から同意して二度頷いた。ゲッコウは、自らの主君よりも強く、人心掌握に長け、洗練された男を知らない。リディアへの想いがささやかれるようになる以前は、女性関係の噂をよく耳にしたものだった。
イザヨイはもうひと口、水を含んだ。リディアを見るのは初めてではなかったがこれまで名乗るような機会はなかったので、自己紹介とはいえ彼女と言葉を交わしたことが夢のようだった。憧れと呼ぶには苦しさを伴いすぎている、思慕を寄せる主君の世界に少し近づけたような気がした。
初めてエブラーナで彼女の姿を見かけたとき、心の中に黒い感情が生まれなかったと言えば嘘になる。今日も、ファルコンの甲板の上でリディアと再会した瞬間、主君が図らずも覗かせたであろう温かみを帯びた安堵の表情に、胸が刺されたかのように痛んだ。
しかし、その後、リディアの正面に立ち紺碧の瞳に見据えられた途端に、わだかまりは融解した。優しさと知性と強さを兼ね備えた彼女の浮世離れした存在感は身につけようと思っても身につけられるものではない。そして主君はその雰囲気も含めた彼女のすべてを愛しているのだと悟ったのだった。
「でもやっぱりちょっと意外です。お館様は、もっとこう、冷静そうで大人っぽい感じの人がお好きなんだと思ってました。例えばイザヨイみたいな」
ごつん、と大きくはないが、会話を遮る音が響いた。イザヨイが中身を飲み干したグラスを勢いよくテーブルに置いた音だった。彼女は呆れたように短いため息をつき、席を立った。
「くだらない会話についていけない。また明日」
イザヨイの後ろ姿が見えなくなったところで、ゲッコウがふう、と息をついた。
「まったく、ツキノワ、明日イザヨイに傷を治してもらえなくても文句は言えないぞ」
確信犯なのか、ツキノワは頭をかいて苦笑した。
「お館様が大人っぽくてちょっときつい女性が好みなのは本当じゃないですか。ほら、前にお妃候補って言われてた方だって」
「そう言われてみれば、確かにそうじゃな」
ザンゲツは言われた人物を脳裏に浮かべ、顎に手を当てた。高官の娘で、エブラーナいちの美女と噂される彼女は、その厳しさでも有名だった。彼女が圧倒的とも言える美しさを放っていたのに対し、リディアの魅力はまだ掴みかねないとも思った。
「確かにリディア様はお美しいが…何がそんなにお館様を夢中にさせているのじゃろうなあ」
「うむ、しかも、あのお館様が求婚できないくらいに思いつめているとは」
ゲッコウは頷き、腕を組んで思案した。彼ほどの男が躊躇する理由が見つからない。
「吊り橋効果ってやつですかねえ。長いこと、生命の危機を覚える状況に一緒にいたから、錯覚してるとか」
「…楽しそうだな」
笑い声を遮る冷たくどこか尖った声に三人は肩を跳ねさせた。いつの間にか主君が横に立っていたのだった。エッジは顔に笑みを張り付けてはいるが、目が笑っていない。ザンゲツとゲッコウは身体を固くしたが、ツキノワは屈託のない笑みでふたりの心臓が止まるような発言をした。
「お館様!今、リディア様の話をしてたんです。きれいな方ですねえ。ところで、求婚は」
慌ててザンゲツが咳き込み、その間にゲッコウがツキノワの口を塞いだ。ツキノワの言葉が止まったのを見計らい、ザンゲツはエッジの前に膝をついた。ゲッコウとツキノワがそれにならう。
「御用でしょうか?」
「イザヨイが、お前らがここで今後について話し合ってるって言ったから来たんだが」
ザンゲツは頭を下げながら、背中に冷や汗が落ちるのを感じた。女の恨みは怖い。そんな言葉が思い出された。この間にもツキノワがまたおかしな発言をするのではないかと緊張が走る。
ややあって、エッジは呆れたように息をついた。
「まあいい。イザヨイにも言ったんだが、頼みがある」
何を命じられるのだろうか。顔を上げると、エッジの瞳が細められた。
「何があってもリディアの命を守れ。あいつはこの世界の希望だ。もし、オレかあいつか選ばなければいけない状況になったら、迷わずあいつを選べ」
「そ、そんな!」
ツキノワが抗議の声を上げると、主君は口の端を上げた。
「オレはお前らに助けられるほどなまってない、ってことだ」
自信に溢れる勇ましい笑顔に、ゲッコウは尊敬の念を深め、もう一度頭を下げた。この主君に支えられることが誇らしい。一方で、リディアの存在は間違いなく彼のよすがとなっていると確信した。
今見せた自信のかけらでもリディアに向けることができれば、その関係は間違いなく進展するのに、とザンゲツは心底無念だった。しかし、その事実こそが彼の想いの深さを物語っている。これはあのしつこい家老も黙るわけだ。
リディアがここまで主君を夢中にしている理由を知りたい。ツキノワは好奇心が湧き起こるのを感じた。彼女の護衛をしながらそれを探っていこう。そして、国で待つ人々に、逐一それを報告しようと心に留めた。
「ご家老!ツキノワからの手紙が参りました!」
「おおっ、待ちわびたぞ!」
主君がリディアと再会したと書かれた前回の手紙が届いてから半月ほど経過していた。ツキノワは忍軍の友人宛てに書いているのだが、国の存亡に関わる重大事ということで、当然のように城内で回覧されていた。
家老は眼鏡をかけて手紙を手に取った。読み進めるにつれて表情が曇り、最後にはため息とともに手紙を折った。
「いかがでしたか」
部下の言葉に家老は肩を落として首を振った。
「リディア様のご実家へ行かれたにも関わらず、まったく進展なしじゃ。まったく、若様は…」
「お館様のこと、きっとお考えがあって機が熟すのをお待ちなのでしょう」
手紙を受け取り、ざっと目を通した側衆が心中を慮るような発言をすると、家老は鋭い視線で彼を睨み、肩をつかんだ。
「そう信じて、わしが何年待っていると思うか!」
側衆の肩を揺らすと、家老はおいおいと声を上げて、遠く声が届かない場所にいる主君へ恨み言を連ねた。
「若、男たるものやるときはやらねばならぬのです…熟しすぎた果実は腐って土に帰るほかないのですぞー!」
部屋にいた側近たちは、興奮する家老に見つからないように苦笑した。過保護なまでに見守られながら前途多難な恋に落ちた主君を、少し不憫に感じた。
その後、エブラーナがイフリートに襲撃された際、ひとりで迎え撃とうとしたエッジをリディアが追いかけたという話に、家老を始めとするエブラーナ国民が沸いたのは無理もないことだった。
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関連作品
『天国と地獄』
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