今回は完全に趣味に走りました!
元ネタはご存知の方も多いかもしれない某ミュージカルで、英語の歌詞を好きに和訳しちゃいました。クオレもちょっとだけ出てきます。比較的短いです!
『星空のデュエット』
木が石を打ち付ける小気味よい音が響く。階段を上っているとは思えないくらい、その足取りは軽くて早い。
「ああ、もう、走るなって!」
普段ならすぐに追いつけるだろうが、今はクオレを抱きかかえている。揺れと大きい声に腕の中の少女が起きていないか顔を覗き込んだ。大丈夫そうで安堵の息をつく。
珍しく裾の長いドレスを身につけ、華奢でかかとの高い靴を履いている彼女が足を踏み外さないか、それだけが心配だ。
やがて勢いよく扉が開く音がして、ふわりと涼しい風が階段へ流れ込んできた。
遅れて屋上へたどり着くと、リディアは今にもこぼれ落ちそうな無数の星を抱きしめようとするかのように、大きく腕を広げていた。
「見て、星がきれい」
久しぶりに見る無邪気な彼女の姿に、エッジは呆れながらも頬を緩ませた。
ここはダムシアンにある劇場の屋上だった。もともと貿易交渉のために訪れたのだが、ギルバートが共に暮らすことを決意した旧友の門出を祝して、歌劇へ招待してくれたのだった。
初めて歌劇を見るというリディアは、高いところにせり出した席から落ちるのではないかと不安になるくらい、前のめりになって見入っていた。それもあって、エッジは芝居そのものよりも、歌や演技に熱心に拍手を送り、時折ぼろぼろと涙を流して感動している彼女の姿を楽しんでしまった。これだけ楽しんでもらえれば、ギルバートも招待した甲斐があるというものだろう。
芝居が終わったあと、リディアがエッジの手を引いた。そして連れてこられたのがこの屋上だった。ギルバートが教えてくれたの、と息を弾ませながら彼女は細い階段を上った。
屋上は狭かったが、心地よい風と共に、広大な星空と町のまばらな灯りが一望できた。後ろは城で、正面が城下町だ。
劇場の上正面に据え付けられている天使を模した精緻な彫刻がすぐ近くにあった。それを見て、エッジはギルバートがリディアにこの場所へ行くことを進めた理由がわかった。
「すごいねえ。ここ、お芝居の中で出てきた場所みたい」
リディアも気づいたようで、興奮気味に欄干から身を乗り出している。今度は劇場そのものから落ちないように見張らなければいけないらしい。エッジは苦笑まじりにクオレを片手で抱いたまま、リディアの横に立った。
藤色のドレスの裾が風に乗ってこんもりとふくれあがった。同時に、どこからか柔らかい弦楽器の調べが流れてきた。リディアはその音に弾かれたようにエッジの方を向き直った。まさに先ほどまで見ていた芝居の中で、主人公たちが劇場の屋上で語らう場面で流れていた曲だった。
リディアは欄干から手を離して、しばらくうっとりと音楽に聞き入っていた。やがてきらきらとした瞳でエッジの空いている方の手を両手で包み込み、伴奏に乗るかのように歌い始めた。
−−−僕はここにいるよ。きみを守るために、そしてきみを導くために。
劇場に巣食う亡霊におびえる婚約者の女クリスティーヌの不安を追い払うために、男が愛の言葉を囁く場面だ。
クリスティーヌが男に応じる部分も続けて歌うのだろうかと欄干にもたれかかって眺めていると、リディアが無垢な笑顔を向けてきた。
「エッジがクリスティーヌだよ」
「はあ!?」
何故自分が女の方の歌を歌わねばならないのか。リディアの思わぬ提案にクオレが眠っていることも忘れて、大きな声を出してしまった。目覚めなかったことを確認してもう一度リディアの顔を見ると、不満そうに唇を尖らせていた。
「せっかくなのに」
「何がせっかくなんだよ!」
「あっ、ほらほら、クリスティーヌ!」
抗議を無視して輝く目で急かされる。この顔をされると自分は弱い。やむを得ず、エッジはどこかから流れて来る伴奏に乗せて、あまりに有名な歌詞を口にした。
−−−私の願うものは、自由で、暗闇のない世界。そして、私を抱きしめて、守ってくれるあなた。
我ながら何故こんな恥ずかしい詞を歌っているのだと思うが、リディアは満足そうに笑顔を浮かべ、続きを情感たっぷりに歌い上げた。
−−−生涯、この愛を分かち合おう。きみを孤独から守りたい。どこへ行くのにも、僕が必要だと言ってくれ。クリスティーヌ、それだけが僕の願いなんだ。
リディアは握っていた手を離したと思ったら、エッジの目の前にひざまずいて宣誓するかのように両手を差し出した。まるでおとぎ話の王子のようだ。すっかり役になりきっている。本当の王子は自分なのに。
水を差すのも悪い気がして、エッジはその手に自分の手を乗せ、女の側の歌を続けることにした。相変わらずクオレを抱いているので、右手しか出せなかったが。
−−−生涯、この愛を分かち合おうと言って。あなたについていくから。
手を包み込んで、リディアが立ち上がる。続きを歌う声が二重になった。
−−−毎日を、毎朝を、毎晩を共にすごそう。
−−−愛していると言って。
−−−愛していると知っているだろう?
歌が終盤にさしかかり、視線が絡み合った。恍惚としたリディアの微笑みにつられて口の端を上げた。
−−−愛して。それだけが願い。
リディアがくすりと笑って、自分の肩に手を置いて瞳を閉じた。抱きかかえたクオレを起こさないように注意しながら、顔を傾けて唇を重ねた。薄い唇は柔らかく、この心地よさと幸福感のために人は接吻をするのだろうと思いを巡らせた。
顔が離れるとリディアは名残惜しそうに眉を下げ、何か言いたいかのように小さく唇を開いた。自分を求めてくれている。若い頃の自分だったらこのままここで押し倒していたかもしれないと想像し、思わずエッジは苦笑した。
「なんで笑ったの?」
怪訝そうな顔でとがめられても、ごまかすしかない。エッジは笑いをこらえて首を横に振った。
「なんでもねえ」
「なによー!」
リディアが頬を膨らませたところで腕の中からくぐもった声が聞こえた。一瞬だがふたりとも、クオレのことをすっかり忘れていた。彼女の様子を覗き込むと、うっすらと開いた瞳と目が合った。
「ご、ごめんね、クオレ。起こしちゃって。このまま眠ってていいからね」
慌ててリディアが申し訳なさそうにクオレの小さな頭を撫でる。クオレは何が起きているのかわからないようにリディアとエッジの顔を順番に見やり、ぽつりとつぶやいて、もう一度目を閉じた。
「…ふたりとも楽しそう」
腕の中からまた寝息が聞こえてきた。安堵の息が重なり、ふたりは顔を見合わせて吹き出した。
ふと気がつくと、どこかから流れてきていた優雅な音楽は聞こえなくなっていた。
暗い空を見上げて、リディアは大きく息を吸い込んだ後、瞳を閉じた。そして、満天の星空へ向かってひそやかに愛の歌を終わらせた。
−−−どこであろうと、きみが行く場所へ、共に行こう。…愛して。それだけが願い。
end
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元ネタはご存知の方も多いかもしれない某ミュージカルで、英語の歌詞を好きに和訳しちゃいました。クオレもちょっとだけ出てきます。比較的短いです!
『星空のデュエット』
木が石を打ち付ける小気味よい音が響く。階段を上っているとは思えないくらい、その足取りは軽くて早い。
「ああ、もう、走るなって!」
普段ならすぐに追いつけるだろうが、今はクオレを抱きかかえている。揺れと大きい声に腕の中の少女が起きていないか顔を覗き込んだ。大丈夫そうで安堵の息をつく。
珍しく裾の長いドレスを身につけ、華奢でかかとの高い靴を履いている彼女が足を踏み外さないか、それだけが心配だ。
やがて勢いよく扉が開く音がして、ふわりと涼しい風が階段へ流れ込んできた。
遅れて屋上へたどり着くと、リディアは今にもこぼれ落ちそうな無数の星を抱きしめようとするかのように、大きく腕を広げていた。
「見て、星がきれい」
久しぶりに見る無邪気な彼女の姿に、エッジは呆れながらも頬を緩ませた。
ここはダムシアンにある劇場の屋上だった。もともと貿易交渉のために訪れたのだが、ギルバートが共に暮らすことを決意した旧友の門出を祝して、歌劇へ招待してくれたのだった。
初めて歌劇を見るというリディアは、高いところにせり出した席から落ちるのではないかと不安になるくらい、前のめりになって見入っていた。それもあって、エッジは芝居そのものよりも、歌や演技に熱心に拍手を送り、時折ぼろぼろと涙を流して感動している彼女の姿を楽しんでしまった。これだけ楽しんでもらえれば、ギルバートも招待した甲斐があるというものだろう。
芝居が終わったあと、リディアがエッジの手を引いた。そして連れてこられたのがこの屋上だった。ギルバートが教えてくれたの、と息を弾ませながら彼女は細い階段を上った。
屋上は狭かったが、心地よい風と共に、広大な星空と町のまばらな灯りが一望できた。後ろは城で、正面が城下町だ。
劇場の上正面に据え付けられている天使を模した精緻な彫刻がすぐ近くにあった。それを見て、エッジはギルバートがリディアにこの場所へ行くことを進めた理由がわかった。
「すごいねえ。ここ、お芝居の中で出てきた場所みたい」
リディアも気づいたようで、興奮気味に欄干から身を乗り出している。今度は劇場そのものから落ちないように見張らなければいけないらしい。エッジは苦笑まじりにクオレを片手で抱いたまま、リディアの横に立った。
藤色のドレスの裾が風に乗ってこんもりとふくれあがった。同時に、どこからか柔らかい弦楽器の調べが流れてきた。リディアはその音に弾かれたようにエッジの方を向き直った。まさに先ほどまで見ていた芝居の中で、主人公たちが劇場の屋上で語らう場面で流れていた曲だった。
リディアは欄干から手を離して、しばらくうっとりと音楽に聞き入っていた。やがてきらきらとした瞳でエッジの空いている方の手を両手で包み込み、伴奏に乗るかのように歌い始めた。
−−−僕はここにいるよ。きみを守るために、そしてきみを導くために。
劇場に巣食う亡霊におびえる婚約者の女クリスティーヌの不安を追い払うために、男が愛の言葉を囁く場面だ。
クリスティーヌが男に応じる部分も続けて歌うのだろうかと欄干にもたれかかって眺めていると、リディアが無垢な笑顔を向けてきた。
「エッジがクリスティーヌだよ」
「はあ!?」
何故自分が女の方の歌を歌わねばならないのか。リディアの思わぬ提案にクオレが眠っていることも忘れて、大きな声を出してしまった。目覚めなかったことを確認してもう一度リディアの顔を見ると、不満そうに唇を尖らせていた。
「せっかくなのに」
「何がせっかくなんだよ!」
「あっ、ほらほら、クリスティーヌ!」
抗議を無視して輝く目で急かされる。この顔をされると自分は弱い。やむを得ず、エッジはどこかから流れて来る伴奏に乗せて、あまりに有名な歌詞を口にした。
−−−私の願うものは、自由で、暗闇のない世界。そして、私を抱きしめて、守ってくれるあなた。
我ながら何故こんな恥ずかしい詞を歌っているのだと思うが、リディアは満足そうに笑顔を浮かべ、続きを情感たっぷりに歌い上げた。
−−−生涯、この愛を分かち合おう。きみを孤独から守りたい。どこへ行くのにも、僕が必要だと言ってくれ。クリスティーヌ、それだけが僕の願いなんだ。
リディアは握っていた手を離したと思ったら、エッジの目の前にひざまずいて宣誓するかのように両手を差し出した。まるでおとぎ話の王子のようだ。すっかり役になりきっている。本当の王子は自分なのに。
水を差すのも悪い気がして、エッジはその手に自分の手を乗せ、女の側の歌を続けることにした。相変わらずクオレを抱いているので、右手しか出せなかったが。
−−−生涯、この愛を分かち合おうと言って。あなたについていくから。
手を包み込んで、リディアが立ち上がる。続きを歌う声が二重になった。
−−−毎日を、毎朝を、毎晩を共にすごそう。
−−−愛していると言って。
−−−愛していると知っているだろう?
歌が終盤にさしかかり、視線が絡み合った。恍惚としたリディアの微笑みにつられて口の端を上げた。
−−−愛して。それだけが願い。
リディアがくすりと笑って、自分の肩に手を置いて瞳を閉じた。抱きかかえたクオレを起こさないように注意しながら、顔を傾けて唇を重ねた。薄い唇は柔らかく、この心地よさと幸福感のために人は接吻をするのだろうと思いを巡らせた。
顔が離れるとリディアは名残惜しそうに眉を下げ、何か言いたいかのように小さく唇を開いた。自分を求めてくれている。若い頃の自分だったらこのままここで押し倒していたかもしれないと想像し、思わずエッジは苦笑した。
「なんで笑ったの?」
怪訝そうな顔でとがめられても、ごまかすしかない。エッジは笑いをこらえて首を横に振った。
「なんでもねえ」
「なによー!」
リディアが頬を膨らませたところで腕の中からくぐもった声が聞こえた。一瞬だがふたりとも、クオレのことをすっかり忘れていた。彼女の様子を覗き込むと、うっすらと開いた瞳と目が合った。
「ご、ごめんね、クオレ。起こしちゃって。このまま眠ってていいからね」
慌ててリディアが申し訳なさそうにクオレの小さな頭を撫でる。クオレは何が起きているのかわからないようにリディアとエッジの顔を順番に見やり、ぽつりとつぶやいて、もう一度目を閉じた。
「…ふたりとも楽しそう」
腕の中からまた寝息が聞こえてきた。安堵の息が重なり、ふたりは顔を見合わせて吹き出した。
ふと気がつくと、どこかから流れてきていた優雅な音楽は聞こえなくなっていた。
暗い空を見上げて、リディアは大きく息を吸い込んだ後、瞳を閉じた。そして、満天の星空へ向かってひそやかに愛の歌を終わらせた。
−−−どこであろうと、きみが行く場所へ、共に行こう。…愛して。それだけが願い。
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とても素敵なお話ですね(^-^)
返信削除nona様の書かれるエジリディのお話にはいつもドキドキさせられてしまいます(^w^)
りょうさま☆
返信削除いつもありがとうございます!
これは原作の力(エジリディ&ミュージカル)に助けられまくってますね…ちょっとずるい気がしますが、ぜひこのふたりに歌ってほしかったので勢いで書いてしまいました。
続編も書く予定ですので、よろしくお願いします☆