2014年5月6日火曜日

SS: 天国と地獄

短いです!新作を書いていたら長くなりすぎてしまったので、TAのエジリディの再会シーンだけを抜粋してみました。
いつもながら、この時点ではくっついてないふたりなので、あんまりいちゃいちゃしてなくてすみません。




『天国と地獄』


暗闇の奥から、羽が空気を震わす音が聞こえた気がした。
白昼夢の続きかもしれない。しかし、背後に迫るイフリートの炎と鋭い殺意の気配は現実だ。
いずれにしても躊躇している時間はない。
…他者にゆだねる道と、自らが選び取る道と、ふたつの道がある場合は、自分の信じる方に進むべきだろう?
信念に突き動かされ、祈るような気持ちで踏み切り、底が見えない真っ暗な空間へ飛び込んだ。
一瞬の後、空間の終着点であろう、赤い大地が小さい点で見えた。
空気が震える音が大きくなってきている気がする。目を凝らすと、赤銅色のドリルとプロペラがついた飛空艇が浮かんでいる。しかも、自分の落下地点に。
大地と同化しそうな色の飛空艇の甲板に、鮮やかな緑色の髪の毛が波打っているのが見えた。まさかと思いつつ、瞬きをする。鼻腔の奥に、透明感のある草原の花畑の香りが蘇った。


何かが、飛空艇の甲板に降ってきた。
自らの目を疑う。それはエッジだった。
「エッジ!」
降り立った、というよりは「降ってきた」という言い方がふさわしいような気がした。まるで隕石が大地にぶつかるかのように、重力に抵抗せずに落ちてきたように見えた。
次々に人が落ちてくる。エッジのほかに四人。リディアは上半身を起こそうとしているエッジに駆け寄った。
上空から飛空艇に落ちてきたことに加え、着地寸前で受け身を取ったとはいえ、あの勢いで落ちてきたにも関わらず怪我ひとつないのは奇跡にも感じた。視線が合うとエッジはうっすらと笑顔を浮かべた。
「よう、リディア…天国じゃねえよな、ここは…?」
…天国なわけないじゃない。
心の中で悪態をつく。彼のおどけた口調は、自分の不安を和らげるためのものだとリディアは知っていたが、絶望的な状況において笑える力は残っていなかった。
彼の右目を縦断する傷跡に目が奪われる。同時に胸が締め付けられ、目頭が熱くなった。
その傷ができる前の彼を思い出すことができないくらい見慣れているはずなのに、大地から伝わってくる熱気が心の奥にしまっていた記憶を呼び起こしたようだった。
表面張力の限界を超えた一粒の涙が彼の頬の上に落ちた。様々な感情が溢れてくるのにも関わらず、そのうちのひとつも言葉にできなかった。
エッジが身を起こして、リディアの肩を何度か叩いた。後でな、と自分にしか聞こえない小さな声でささやいて、彼はルカの方に向き直った。ルカに気づかれないように、リディアはそっと涙をぬぐった。


エッジとルカの判断で、その日はドワーフの城に泊まることとなった。
先日赤き翼に襲撃されたため、いたるところで復旧作業が行われていたが、ジオット王は快く一同を迎え入れた。地上へ向かう前に飛空艇の装備を整える必要があるというルカの主張には、先を急ぎたいであろう黒衣の男も反論できないようだった。
ジオット王とルカとエッジと、四人で簡素な夕餉をとった。ジオット王が退出した後、ルカも飛空艇の整備状況を見てくる、と部屋を出て行った。
片付けをしたいであろう人々を慮り、エッジに促されてバルコニーへ出た。夜になると熱風は少し和らぐ。夜にも関わらず、どこからともなく木槌を振る音が響いている。
「お前、また幻界へ行ってたのか」
リディアがうなずくと、エッジはくすねてきた食後酒を瓶ごとあおって苦笑いを浮かべた。
「まあ仕方ないよな。来るな、って言われてもお前の第二の故郷だしな」
故郷という言葉に胸が苦しくなる。心の中の決壊が崩壊し、これまで押さえ込んでいたものが解放されたのを感じた。あっという間に涙が一滴落ち、誰にも伝えられなかった言葉が放流された。
「…私の部屋が相変わらずきれいにされていたの。植物たちにもきちんと水をあげてくれていて…」
「ああ」
エッジが優しい声音の相づちを打った。
幻獣の町に住んでいた頃、リディアは小さな部屋を与えられていた。エッジが定期的に植物の苗や種を幻界へ送ってくれていて、リディアはそれらを自分の部屋に植えていた。植物はみるみるうちに育ち、リディアの部屋は幻界の住民から「緑の部屋」と呼ばれていた。青い空が見えない、熱くて殺風景な地底世界において、そこはまるでオアシスのようだった。
その場所が、久しぶりに訪れたにも関わらず、依然として植物が生い茂る美しい場所だったのだ。明らかに何者かの手が入っていた。リディアはその人物がアスラであるとの確信を持っていた。アスラはリディアの部屋を訪れるたびに植物の手入れについて、熱心に問いかけてきていたからだ。
「アスラは、お前のことが大事なんだ。嫌いになったから幻界から遠ざけているわけじゃない」
エッジの大きな手が震える肩に乗せられた。リディアはしゃくり上げながらうなずいた。
「…うん、わかってる」
彼の右目の上の傷に親指で触れると、エッジはリディアの手に自らの手を重ねた。
「…きっと、大丈夫だよね」
「お前なら幻獣たちを元に戻せる。オレもいるから大丈夫だ」
絶望的な状況下で、彼の自信に溢れる笑顔が頼もしく見える。
小さくうなずくと、エッジの両腕がリディアを包み込んだ。
「今までよくがんばったな」
その言葉に、止まりかけた涙がもう一度溢れ出してきた。リディアは彼の胸に顔を埋めた。泣きじゃくりながら、自分を受け止めてくれる存在の大きさに感謝せずにいられなかった。
優しく頭を撫でる手の感触が「これからはひとりでがんばらなくていい」と言ってくれているようだった。


腕の中のリディアの髪の毛を撫でながら、ここはやはり天国なのかもしれないなと思いかけ、エッジは苦笑した。天国でまでリディアがこんな風に泣いていたら気の毒だ。
こんなにも彼女を苦しめる世界は、もしかしたら地獄なのかもしれない。しかし、自分にはリディアさえいれば、どこでもいい。どこへでも共に行こう。そして彼女が自由になり、笑顔になるためならば、何でもしよう。
彼女のつむじに顔を埋めるふりをして、こっそり唇を落とした。瞳を閉じて、ほのかに漂う花の香りを吸い込んだ。



end

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この話の続き。エブラーナ四人衆がリディアの印象を勝手におしゃべりする話。
『君が名、我が名』

植物?という話はこちら。
『紫陽花』

この話の前のつながる話。
『つばめは雲居のよそに』



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