我が家のお館様vsパロム第3弾。男同士の会話ってこんなかんじなんでしょうか。
婚約したふたりをお祝いにきたミシディア軍団+ルカと一緒に温泉に行くという話です。(どんな設定だ…)
このメンバー書いてて楽しいんですよねえ。ちょっと下世話な話ですがよろしければどうぞ。
『湯けむりボーイズ&ガールズトーク』
「リディア!」
聞き慣れた、しかし懐かしい声に呼び止められてリディアは振り返った。桃色の作業着のような服に包まれたその相手の名前を口にする前に、彼女は抱きついてきた。勢いによろめきながら、リディアは抱きしめ返した。
「ルカ!久しぶり。びっくりした」
「へへへ」
ルカは身体を離して白い歯を見せた。リディアもつられて顔をほころばせる。
「リディアさん」
ルカの後ろでポロムが手を小さく振っていた。その横にはパロムとレオノーラも立っている。視線が合うとレオノーラは慌てて頭を下げ、パロムは右腕を上げた。
「よう、リディア。元気にしてたか?」
「ええ。パロムも元気そうね。今日はみんなどうしたの?」
リディアのその言葉に一瞬の間があり、次いで明るい笑い声が響いた。
「どうしたのって、お祝いを言いたくて来たに決まってるじゃない!」
言われて気がついた。先日送った婚約を知らせる手紙が届いたのだろう。
「ル…ルカさんが、飛空艇でミシディアに寄ってくださったんです」
「まあオレはあのお館様が鼻の下を伸ばしてる様子を見に来たんだけど」
「もう、パロム!」
ポロムの咎める声もどこ吹く風で、パロムは頭の後ろに腕を組んだ。リディアは友人たちの変わらぬ様子に微笑ましい気持ちになった。
その日の夕刻、エッジも含めた全員で城から少し離れた温泉へ行くことになった。訪問客たちの希望である。緑豊かな山の麓にあるその温泉は、野外に男女分かれた大きな浴槽が設置されていた。
「前にリディアに聞いて、一回来てみたかったんだ」
さっそく、ルカが目を閉じて首まで風呂に浸かった。周囲の灯りの光を反射してゆらゆら動く水面に足をつけてみると、温度はぬるめで長く入っていられそうだ。リディアは浴槽に入る部分の段差に腰掛けた。
「わあ、星が、きれいですね」
レオノーラの声に顔を上げると、夜空には無数の夏の星座が瞬いていた。澄んだ虫の声が至る所から聞こえてくる。
「クオレちゃん、置いてきちゃって大丈夫でした?」
ポロムがリディアの隣に座って、申し訳なさそうに眉毛を下げた。リディアは首を振って微笑んだ。
「大丈夫。今日は友達の家に泊まるってむしろ喜んでたくらい」
「すっかりエブラーナになじんだみたいですね」
「本当に。多分、クオレはわたしとエッジと毎日一緒にいられるから、楽しく暮らせているんだと思う。ふたりで暮らしてるときはよく怖い夢を見てたみたいだけど、最近はひとりで眠れるようになったし、友達もたくさんできたし」
「そうだ!それを聞きたかったんだ!」
ルカが突然大きな声をあげて、リディアの前に移動してきた。ばしゃばしゃと湯が飛ぶ。
「ねえねえ、プロポーズはどんな感じだったの?」
「えっ!」
ルカが瞳を輝かせて、リディアを見上げている。
「あっ、それ、興味あります!」
「わ、わたしも聞きたいです…」
ポロムとレオノーラも続く。リディアは三人の好奇心溢れる視線に囲まれて、逃げられないことを悟った。
「プロポーズ…よくわからないの」
「よくわからないって?」
ルカが続きを急かすように、じれったさに眉間を寄せた。
「最終的に結婚しよう、って言ったのは私なんだけど…」
「ええっ!!」
ポロムとレオノーラの驚く声が重なる。ルカは無言でリディアの言葉の続きを待っているようだった。
「最初にエッジが私さえ良ければクオレと三人で一緒に暮らそう、って言ってくれたの。三人で暮らすためなら、エブラーナを誰かに任せてもいい、って」
「ええっ!!!」
今度はルカも加えた三人の声が重なった。
「…あの王様にそんな度胸があるとはねえ…」
しみじみとしたルカの言葉がおかしい。くすりと笑って、リディアは言葉を続けた。
「ものすごい勇気だよね。そんな風に言われて、やっと気づいたの。クオレと私にとってエッジがいない生活なんてありえない。エッジがいないエブラーナもありえない。それで…」
「リディアさんが結婚しようって言ったんですか!?」
興奮したポロムが顔をずいっと近づけてくる。正確には少し違うが、似たようなものだからいいだろうと思い、その問いかけにうなずいた。
「きゃーーーー!」
女子三人の声が響く。ルカは身体をよじらせ、ポロムは頬に手を当て、レオノーラは口を隠して、それぞれ興奮しているようだった。自分が彼女たちの立場だったら同じような反応をするだろうと思う。
「リディアさんも勇気ありますよ!」
ポロムの言葉にレオノーラがうんうんと同意する。ルカはひとつ息をついて、リディアの目を見据えた。
「ね、リディア。クオレのために、って我慢してない?」
さすがにつきあいの長いルカだ。鋭いところを突いてくる。リディアは首を振ってその懸念を振り払った。
「全然。むしろ、クオレが気づかせてくれたんだと思うの。エッジが私にとって大切な人だって」
答えに満足したように、ルカは満面の笑みを浮かべてリディアの肩を叩いた。
「まあ顔を見てればわかるんだけどさ。幸せそうだもん!」
「うんうん、前よりさらにきれいになられましたよね」
「こ…恋をすると、女性はきれいになるって言いますもの」
三人は顔を見合わせてうなずきあっている。照れくささに頬をかいていると、ルカが抱きついてきた。
「きゃあ!」
不意をつかれてバランスを崩し、浴槽にふたりで沈んでしまった。水面に顔を出すと、ルカは満面の笑みで、なおリディアの身体を離さなかった。
「ほんとリディア、いい顔してる。嬉しい」
「ありがと」
リディアもルカをぎゅっと抱きしめ返した。彼女のしなやかな身体の感触が心地よかった。
「へえ」
パロムが面白そうににやにやした顔を向けてくる。エッジはため息を吐き出して、持ち込んだ冷たい酒を飲み干した。
「…丸聞こえだっつうの」
女湯と男湯は竹を編み合わせた薄いしきりが隔てているのみであり、女性四人の嬌声はそのまま男湯にいるエッジとパロムに届いていた。
「おかしいと思ったんだよ。あんたが今更リディアにまともなプロポーズするなんて思えなかったからな」
パロムも少し離れたところで湯につかりながら酒瓶をあおった。
「相変わらず失礼な奴だな」
「歯に衣着せぬって言ってくれる?」
「どっちでも一緒だろうが」
呆れるのもばかばかしい。エッジは酒を猪口に注ぎ入れた。相変わらず女湯からはきゃあきゃあというやりとりが聞こえてくる。
「でもまあ、たしかにリディアきれいになったよな。女になったっていうか」
「どの口がそんなこと言ってんだか」
知ったような口をきくパロムをいなす。お前こそ、少年から青年になろうっていう複雑な時期だろう。自分の経験から、彼も一筋縄ではいかない青春時代を送っているものと想像した。
「で、もうリディアとはヤッたの?」
エッジは口に含んだ酒を思わず吹き出しそうになった。すんでのところでこらえると、液体が鼻に入って咳が出た。
「なんだよ、まだ手ぇ出してないわけ?相変わらず小心者だな」
咳き込んだのをそう解釈したのか、汚物を見るかのように蔑んだ視線を向けてくる。エッジは不可抗力の涙をぬぐって、少年を睨みつけた。
「ああ、ああ、そういうことに興味があるお年頃だよな。ガキめ」
「枯れてるよりましだと思うけど」
彼に言わせると自重は男として枯れていることになるらしい。エッジは何よりもリディアの名誉のために話題を変えることにした。
「そういうお前はどうなんだよ。レオノーラが追いかけてきてくれたんだろ?オレとあんまり変わらなくねえか?」
今度はパロムが咳き込む番だった。その隙にエッジはさらに攻撃を重ねた。
「神官様って手ぇ出していいのか?あ、トロイアから出てきたから、もう関係ねえのか」
「レオノーラとは、そんなんじゃねえよ」
暗がりでもわかるくらい、パロムの表情には動揺が走っていた。やっと年頃の少年らしい部分が覗いて、エッジはにやりと笑みを浮かべた。
「じゃあ何?やっぱりルカがいいと思ったのか?たしかにルカの方が明るくて、いろいろ楽しめそうではあるよなあ。でも神官様を手篭めにするってのも…」
「おっさん、最低だな」
心底呆れたかのようにパロムが頭に手を当てた。この程度の猥談でひるむとは意外だった。まさか、と思った瞬間、その言葉を口にしていた。
「お前、もしかして、童…」
「ちげえよ!!」
パロムが珍しく大声を上げた。ここまでむきになる彼も珍しいと思ったが、そういえば彼くらいの年齢のときは、経験があるかどうかが大問題だったような気もする。繊細で微妙な時期なのだ。
「ふーん。でも相手はレオノーラとルカじゃねえのか」
「うっさいな。じゃああんたは最初からリディアとできたか?」
想像を巡らせようとして、エッジはある事実に思い当たり、途中で首を振った。
「いや、オレの初体験の頃にあいつ生まれてねえし」
「例えばの話でだよ」
パロムがそこまで言うので、自分がパロムくらいの頃に、同い年くらいのリディアと出会っていたら、というありえない仮説を頭の中で展開してみた。きっと我慢という我慢ができず、彼女をあらゆる面で傷つけてしまいそうだ。結果論だが、出会って結ばれたのが今で良かったような気がする。多少枯れた方がいいのかもしれない。
くすりと笑うと、めざとく見つけたパロムが長い息を吐き出した。
「…あんなエロいリディアを見て、手ぇ出さないでいられるなんて、やっぱ、おっさん枯れたんじゃねえの?」
エロい、という形容詞に、自分の腕の中で悶えるリディアの姿が脳裏に浮かぶ。余裕がない苦悶の表情、甘い声を上げる赤い唇、血管が透けて見える白い肌、柔らかい胸の薄紅色の頂点、細くてなめらかな腰、そして…
「あー!その反応、やっぱりもうヤッただろ!」
顔がにやけていたかもしれない。パロムが目を吊り上げて指をこちらに向けてくる。
「当たり前だろ!こっちは何年待ったと思ってんだ!」
思わず売り言葉に買い言葉を返してしまう。返した瞬間、心の片隅でリディアに謝った。
「で、どうなの?リディアは」
「どう、ってなんだよ」
「あいつ、ウブっぽいだろ。これまでさんざん遊び尽くしたあんたには物足りないんじゃねえの?」
年下のパロムに「ウブ」と言われるリディアの立場はどうなってしまうのだろう。いや、よく考えるとパロムとリディアはそんなに年は変わらなかっただろうか。ともあれ、年頃の男の興味の対象になってしまうのは、気の毒ではあるが、すべての女の宿命とも言えるだろう。
「教える楽しみってのがあってな」
エッジは口の端を上げて、さらについだ酒に口をつけた。実際、まだ自分に余裕がなくて何かを教えるところまではいっていないのだが。遊び尽くした自分だからこそ、本命の女には慎重になってしまうのだ。パロムは認めないだろうが、彼も同じなのだろう。
「まあ、お前もせいぜいがんばって、レオノーラでも、ルカでも、自分好みに仕込んでやれよ。こっちは順調だぜ」
高笑いをしながら野卑な提案をすると、パロムは聞いていられないといった様子で酒をあおった。自分も酒を補給しようと思い、徳利に手を伸ばそうとしたとき、柔らかなものに手が当たった。
ふと視線を送ると浴衣姿のリディアがそこにしゃがんでいた。自分がつかもうとしたところにリディアの手があった。
「ぎゃっ」
想像していなかったので、思わずエッジは浴槽の中で後ずさった。
「お、おい、リディア、なんだよ」
さすがのパロムも困惑を隠せない。肩まで湯につかって、自分の肌が彼女に見えないようにしている。女湯から声が聞こえなくなったと思ったら、もう湯から上がっていたらしい。
「お酒が切れてるだろうと思って。なんの話してたの?」
朗らかに新しい徳利と酒瓶を手にする様子に、自分たちの会話は聞かれていなかったのだと確信する。エッジはひそかに胸を撫で下ろして、浴槽から出た。
「男同士はあんまり話題もないし、もう出るわ」
徳利をリディアの手から奪う。リディアはそう、と言ってパロムの方に向き直って酒瓶を振った。
「パロムー、ここにお酒置いておくね」
リディアはパロムの方に手を振った。
「ああ、もう、わかったってば!」
あの年頃の男にとって、女に入浴している姿を見られるのは子供扱いされているようで屈辱だろう。リディアの無邪気さの勝利だ。エッジはパロムの名誉のために笑いをこらえるのに必死だった。
風呂から部屋に続く木の廊下を並んで歩きながら、リディアは楽しそうな表情でエッジを見上げた。
「エッジ、パロムと仲いいよね」
リディアの見当違いな見立てをエッジは鼻で笑った。
「どこが。あの野郎、おっさんだの、小心者だの、枯れてるだの、好き勝手言いやがって」
「枯れてるって?」
「あー…」
きょとんとしたリディアの視線を正面から受けて、エッジは口をついて出た悪態に心から後悔した。答えに窮していると、リディアはぽん、と手を打った。
「ああ、やる気がないってこと?何に対しても一生懸命だけど、それを隠すもんねえ、エッジは」
やはり見当違いだったが、彼女の勘違いに救われておくことにする。邪気のない笑顔に愛しい気持ちが一気に膨れ上がる。彼女の額の髪の毛をかきあげ、そこに唇を寄せて、感情のほんの一端を吐き出す。リディアは不思議そうに首を傾げながらも、照れ笑いを浮かべて肩をすくめた。
おっさんだし、小心者だというのは認めよう。もしかしたら、昔に比べて枯れているというのも正しいのかもしれない。でもそれは成長して、思慮深くなったとも言えるのではないだろうか。自分を圧倒する恋が、その変化をもたらしたのならば歓迎してもいいような気がする。そして今や、愛する相手もすぐ横にいる。
今の勢いのまま色々なことにぶつかって、パロムも成長していくのだろう。その時々にまた酒を酌み交わしてくだらない話をしよう。そして、自分の半生を振り返るのも悪くない。
そんなことが楽しみに思えてしまうのは、やっぱり年を取ったからかもしれない。エッジはリディアに気取られないように短い息をついた。虫の合唱がため息をかき消した。
end
-------
関連作品
『ライバルは君だ』
エッジvsパロム第一弾。FF4のエンディング後くらい。
『真夜中の大人会談』
エッジvsパロム第二弾。FF4TAです。
『四季の桜』
プロポーズ。
『恋文教室』
婚約したお知らせの手紙に苦戦するエッジの話。
SS一覧はこちら。
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聞き慣れた、しかし懐かしい声に呼び止められてリディアは振り返った。桃色の作業着のような服に包まれたその相手の名前を口にする前に、彼女は抱きついてきた。勢いによろめきながら、リディアは抱きしめ返した。
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「よう、リディア。元気にしてたか?」
「ええ。パロムも元気そうね。今日はみんなどうしたの?」
リディアのその言葉に一瞬の間があり、次いで明るい笑い声が響いた。
「どうしたのって、お祝いを言いたくて来たに決まってるじゃない!」
言われて気がついた。先日送った婚約を知らせる手紙が届いたのだろう。
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「まあオレはあのお館様が鼻の下を伸ばしてる様子を見に来たんだけど」
「もう、パロム!」
ポロムの咎める声もどこ吹く風で、パロムは頭の後ろに腕を組んだ。リディアは友人たちの変わらぬ様子に微笑ましい気持ちになった。
その日の夕刻、エッジも含めた全員で城から少し離れた温泉へ行くことになった。訪問客たちの希望である。緑豊かな山の麓にあるその温泉は、野外に男女分かれた大きな浴槽が設置されていた。
「前にリディアに聞いて、一回来てみたかったんだ」
さっそく、ルカが目を閉じて首まで風呂に浸かった。周囲の灯りの光を反射してゆらゆら動く水面に足をつけてみると、温度はぬるめで長く入っていられそうだ。リディアは浴槽に入る部分の段差に腰掛けた。
「わあ、星が、きれいですね」
レオノーラの声に顔を上げると、夜空には無数の夏の星座が瞬いていた。澄んだ虫の声が至る所から聞こえてくる。
「クオレちゃん、置いてきちゃって大丈夫でした?」
ポロムがリディアの隣に座って、申し訳なさそうに眉毛を下げた。リディアは首を振って微笑んだ。
「大丈夫。今日は友達の家に泊まるってむしろ喜んでたくらい」
「すっかりエブラーナになじんだみたいですね」
「本当に。多分、クオレはわたしとエッジと毎日一緒にいられるから、楽しく暮らせているんだと思う。ふたりで暮らしてるときはよく怖い夢を見てたみたいだけど、最近はひとりで眠れるようになったし、友達もたくさんできたし」
「そうだ!それを聞きたかったんだ!」
ルカが突然大きな声をあげて、リディアの前に移動してきた。ばしゃばしゃと湯が飛ぶ。
「ねえねえ、プロポーズはどんな感じだったの?」
「えっ!」
ルカが瞳を輝かせて、リディアを見上げている。
「あっ、それ、興味あります!」
「わ、わたしも聞きたいです…」
ポロムとレオノーラも続く。リディアは三人の好奇心溢れる視線に囲まれて、逃げられないことを悟った。
「プロポーズ…よくわからないの」
「よくわからないって?」
ルカが続きを急かすように、じれったさに眉間を寄せた。
「最終的に結婚しよう、って言ったのは私なんだけど…」
「ええっ!!」
ポロムとレオノーラの驚く声が重なる。ルカは無言でリディアの言葉の続きを待っているようだった。
「最初にエッジが私さえ良ければクオレと三人で一緒に暮らそう、って言ってくれたの。三人で暮らすためなら、エブラーナを誰かに任せてもいい、って」
「ええっ!!!」
今度はルカも加えた三人の声が重なった。
「…あの王様にそんな度胸があるとはねえ…」
しみじみとしたルカの言葉がおかしい。くすりと笑って、リディアは言葉を続けた。
「ものすごい勇気だよね。そんな風に言われて、やっと気づいたの。クオレと私にとってエッジがいない生活なんてありえない。エッジがいないエブラーナもありえない。それで…」
「リディアさんが結婚しようって言ったんですか!?」
興奮したポロムが顔をずいっと近づけてくる。正確には少し違うが、似たようなものだからいいだろうと思い、その問いかけにうなずいた。
「きゃーーーー!」
女子三人の声が響く。ルカは身体をよじらせ、ポロムは頬に手を当て、レオノーラは口を隠して、それぞれ興奮しているようだった。自分が彼女たちの立場だったら同じような反応をするだろうと思う。
「リディアさんも勇気ありますよ!」
ポロムの言葉にレオノーラがうんうんと同意する。ルカはひとつ息をついて、リディアの目を見据えた。
「ね、リディア。クオレのために、って我慢してない?」
さすがにつきあいの長いルカだ。鋭いところを突いてくる。リディアは首を振ってその懸念を振り払った。
「全然。むしろ、クオレが気づかせてくれたんだと思うの。エッジが私にとって大切な人だって」
答えに満足したように、ルカは満面の笑みを浮かべてリディアの肩を叩いた。
「まあ顔を見てればわかるんだけどさ。幸せそうだもん!」
「うんうん、前よりさらにきれいになられましたよね」
「こ…恋をすると、女性はきれいになるって言いますもの」
三人は顔を見合わせてうなずきあっている。照れくささに頬をかいていると、ルカが抱きついてきた。
「きゃあ!」
不意をつかれてバランスを崩し、浴槽にふたりで沈んでしまった。水面に顔を出すと、ルカは満面の笑みで、なおリディアの身体を離さなかった。
「ほんとリディア、いい顔してる。嬉しい」
「ありがと」
リディアもルカをぎゅっと抱きしめ返した。彼女のしなやかな身体の感触が心地よかった。
「へえ」
パロムが面白そうににやにやした顔を向けてくる。エッジはため息を吐き出して、持ち込んだ冷たい酒を飲み干した。
「…丸聞こえだっつうの」
女湯と男湯は竹を編み合わせた薄いしきりが隔てているのみであり、女性四人の嬌声はそのまま男湯にいるエッジとパロムに届いていた。
「おかしいと思ったんだよ。あんたが今更リディアにまともなプロポーズするなんて思えなかったからな」
パロムも少し離れたところで湯につかりながら酒瓶をあおった。
「相変わらず失礼な奴だな」
「歯に衣着せぬって言ってくれる?」
「どっちでも一緒だろうが」
呆れるのもばかばかしい。エッジは酒を猪口に注ぎ入れた。相変わらず女湯からはきゃあきゃあというやりとりが聞こえてくる。
「でもまあ、たしかにリディアきれいになったよな。女になったっていうか」
「どの口がそんなこと言ってんだか」
知ったような口をきくパロムをいなす。お前こそ、少年から青年になろうっていう複雑な時期だろう。自分の経験から、彼も一筋縄ではいかない青春時代を送っているものと想像した。
「で、もうリディアとはヤッたの?」
エッジは口に含んだ酒を思わず吹き出しそうになった。すんでのところでこらえると、液体が鼻に入って咳が出た。
「なんだよ、まだ手ぇ出してないわけ?相変わらず小心者だな」
咳き込んだのをそう解釈したのか、汚物を見るかのように蔑んだ視線を向けてくる。エッジは不可抗力の涙をぬぐって、少年を睨みつけた。
「ああ、ああ、そういうことに興味があるお年頃だよな。ガキめ」
「枯れてるよりましだと思うけど」
彼に言わせると自重は男として枯れていることになるらしい。エッジは何よりもリディアの名誉のために話題を変えることにした。
「そういうお前はどうなんだよ。レオノーラが追いかけてきてくれたんだろ?オレとあんまり変わらなくねえか?」
今度はパロムが咳き込む番だった。その隙にエッジはさらに攻撃を重ねた。
「神官様って手ぇ出していいのか?あ、トロイアから出てきたから、もう関係ねえのか」
「レオノーラとは、そんなんじゃねえよ」
暗がりでもわかるくらい、パロムの表情には動揺が走っていた。やっと年頃の少年らしい部分が覗いて、エッジはにやりと笑みを浮かべた。
「じゃあ何?やっぱりルカがいいと思ったのか?たしかにルカの方が明るくて、いろいろ楽しめそうではあるよなあ。でも神官様を手篭めにするってのも…」
「おっさん、最低だな」
心底呆れたかのようにパロムが頭に手を当てた。この程度の猥談でひるむとは意外だった。まさか、と思った瞬間、その言葉を口にしていた。
「お前、もしかして、童…」
「ちげえよ!!」
パロムが珍しく大声を上げた。ここまでむきになる彼も珍しいと思ったが、そういえば彼くらいの年齢のときは、経験があるかどうかが大問題だったような気もする。繊細で微妙な時期なのだ。
「ふーん。でも相手はレオノーラとルカじゃねえのか」
「うっさいな。じゃああんたは最初からリディアとできたか?」
想像を巡らせようとして、エッジはある事実に思い当たり、途中で首を振った。
「いや、オレの初体験の頃にあいつ生まれてねえし」
「例えばの話でだよ」
パロムがそこまで言うので、自分がパロムくらいの頃に、同い年くらいのリディアと出会っていたら、というありえない仮説を頭の中で展開してみた。きっと我慢という我慢ができず、彼女をあらゆる面で傷つけてしまいそうだ。結果論だが、出会って結ばれたのが今で良かったような気がする。多少枯れた方がいいのかもしれない。
くすりと笑うと、めざとく見つけたパロムが長い息を吐き出した。
「…あんなエロいリディアを見て、手ぇ出さないでいられるなんて、やっぱ、おっさん枯れたんじゃねえの?」
エロい、という形容詞に、自分の腕の中で悶えるリディアの姿が脳裏に浮かぶ。余裕がない苦悶の表情、甘い声を上げる赤い唇、血管が透けて見える白い肌、柔らかい胸の薄紅色の頂点、細くてなめらかな腰、そして…
「あー!その反応、やっぱりもうヤッただろ!」
顔がにやけていたかもしれない。パロムが目を吊り上げて指をこちらに向けてくる。
「当たり前だろ!こっちは何年待ったと思ってんだ!」
思わず売り言葉に買い言葉を返してしまう。返した瞬間、心の片隅でリディアに謝った。
「で、どうなの?リディアは」
「どう、ってなんだよ」
「あいつ、ウブっぽいだろ。これまでさんざん遊び尽くしたあんたには物足りないんじゃねえの?」
年下のパロムに「ウブ」と言われるリディアの立場はどうなってしまうのだろう。いや、よく考えるとパロムとリディアはそんなに年は変わらなかっただろうか。ともあれ、年頃の男の興味の対象になってしまうのは、気の毒ではあるが、すべての女の宿命とも言えるだろう。
「教える楽しみってのがあってな」
エッジは口の端を上げて、さらについだ酒に口をつけた。実際、まだ自分に余裕がなくて何かを教えるところまではいっていないのだが。遊び尽くした自分だからこそ、本命の女には慎重になってしまうのだ。パロムは認めないだろうが、彼も同じなのだろう。
「まあ、お前もせいぜいがんばって、レオノーラでも、ルカでも、自分好みに仕込んでやれよ。こっちは順調だぜ」
高笑いをしながら野卑な提案をすると、パロムは聞いていられないといった様子で酒をあおった。自分も酒を補給しようと思い、徳利に手を伸ばそうとしたとき、柔らかなものに手が当たった。
ふと視線を送ると浴衣姿のリディアがそこにしゃがんでいた。自分がつかもうとしたところにリディアの手があった。
「ぎゃっ」
想像していなかったので、思わずエッジは浴槽の中で後ずさった。
「お、おい、リディア、なんだよ」
さすがのパロムも困惑を隠せない。肩まで湯につかって、自分の肌が彼女に見えないようにしている。女湯から声が聞こえなくなったと思ったら、もう湯から上がっていたらしい。
「お酒が切れてるだろうと思って。なんの話してたの?」
朗らかに新しい徳利と酒瓶を手にする様子に、自分たちの会話は聞かれていなかったのだと確信する。エッジはひそかに胸を撫で下ろして、浴槽から出た。
「男同士はあんまり話題もないし、もう出るわ」
徳利をリディアの手から奪う。リディアはそう、と言ってパロムの方に向き直って酒瓶を振った。
「パロムー、ここにお酒置いておくね」
リディアはパロムの方に手を振った。
「ああ、もう、わかったってば!」
あの年頃の男にとって、女に入浴している姿を見られるのは子供扱いされているようで屈辱だろう。リディアの無邪気さの勝利だ。エッジはパロムの名誉のために笑いをこらえるのに必死だった。
風呂から部屋に続く木の廊下を並んで歩きながら、リディアは楽しそうな表情でエッジを見上げた。
「エッジ、パロムと仲いいよね」
リディアの見当違いな見立てをエッジは鼻で笑った。
「どこが。あの野郎、おっさんだの、小心者だの、枯れてるだの、好き勝手言いやがって」
「枯れてるって?」
「あー…」
きょとんとしたリディアの視線を正面から受けて、エッジは口をついて出た悪態に心から後悔した。答えに窮していると、リディアはぽん、と手を打った。
「ああ、やる気がないってこと?何に対しても一生懸命だけど、それを隠すもんねえ、エッジは」
やはり見当違いだったが、彼女の勘違いに救われておくことにする。邪気のない笑顔に愛しい気持ちが一気に膨れ上がる。彼女の額の髪の毛をかきあげ、そこに唇を寄せて、感情のほんの一端を吐き出す。リディアは不思議そうに首を傾げながらも、照れ笑いを浮かべて肩をすくめた。
おっさんだし、小心者だというのは認めよう。もしかしたら、昔に比べて枯れているというのも正しいのかもしれない。でもそれは成長して、思慮深くなったとも言えるのではないだろうか。自分を圧倒する恋が、その変化をもたらしたのならば歓迎してもいいような気がする。そして今や、愛する相手もすぐ横にいる。
今の勢いのまま色々なことにぶつかって、パロムも成長していくのだろう。その時々にまた酒を酌み交わしてくだらない話をしよう。そして、自分の半生を振り返るのも悪くない。
そんなことが楽しみに思えてしまうのは、やっぱり年を取ったからかもしれない。エッジはリディアに気取られないように短い息をついた。虫の合唱がため息をかき消した。
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関連作品
『ライバルは君だ』
エッジvsパロム第一弾。FF4のエンディング後くらい。
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