エンディングあたりの話。幻界で暮らすリディアの日常。
一緒にはいられないけれど、どこかでつながっている若様とリディアという妄想を膨らませてみました。昔書いたものです。
『紫陽花』
幻界に無数に存在する本の世界に、リディアは夢中になっていた。
この魔法の成り立ちはこうなっていたのか。
もしかしたら、少し詠唱を変えるだけで、全く異なった効果が表れるかもしれない。
平和になった今、きっと自分が使う黒魔法は不要になるであろう。
しかしその黒魔法を少し変えるだけで人々の役に立てるのであれば・・・・
毎日のように新しい発見がある。
リディアの目の前には本が山積みになっていた。
たくさんの本を自分の周りに置いておくことが好きだった。重なった本から立ち上る古めかしい香りは、彼女の心を落ち着かせる。
「リディア、手紙が届いていますよ」
後ろから優しい声がして、リディアは本から目を離して振り返った。
アスラが何通かの手紙と、手紙と呼ぶには少し大きい包みを持っていた。
幻界まで手紙を送るのは難儀である。地上や地底に住む人々との交流が途切れないように、アスラが魔法で彼らとの手紙のやりとりを実現してくれているのだ。
「いつもありがとうございます」
リディアは椅子から立ち上がって頭を下げ、その手紙たちを受け取った。
その中に、一際目を引く華美な封筒があった。封筒の周囲が金色に縁取られ、うっすらと薔薇を模した模様が入っている。
差出人を見ると、セシルとローザの名前が並んでいた。
ローザはいつもお洒落な封筒と便箋を使うが、それにしても今回は豪華だ。
中身を早く知りたいという衝動に負け、綺麗な封筒をなるべく傷つけないようにそっと開ける。
封筒同様綺麗な便箋に、ローザの柔らかく美しい字で綴られた内容に、リディアは思わず小さく声を上げた。
「セシルとローザが結婚式を挙げるって」
「それはおめでたいですね」
リディアの言葉にアスラが微笑む。本当に、と言ってリディアは笑顔で頷いた。
セシルとローザと過ごした日々を思い出す。ふたりはいつも優しく、時には兄妹のように、時には両親のように自分のことを見守っていてくれた。
リディアが大好きなふたりが結婚して家族になることは、自分のことのように嬉しいのであった。
お茶を淹れるから後で私たちの部屋へいらっしゃい。誘いの言葉を残し、アスラはリディアの部屋を後にした。
ローザの手紙を読み終えて、リディアは他の手紙にも目を通すことにした。
ギルバートからの手紙。今ダムシアンで流行している歌と本の話が、上質な便箋に几帳面な字で事細かに書かれていた。
ルカからの手紙。少女らしいかわいい文字で、初めてひとりでからくり人形を作りあげたということが、桃色の便箋に躍動感たっぷりに記されていた。
最後に、手紙と一緒にアスラが持ってきた包みが残された。
「まただ」
リディアは何も書かれていない包みを見て苦笑した。
まったく飾るところがない肌色の紙に包まれたそれは、他の手紙を一回り大きくしたくらいの小包で、見た目よりはずっと軽かった。
包みを開放すると、中には無数の種が入っている。いつもと同じだ。
小さな紙切れが同封されていた。
そこには一言、何かが書いてあるだけである。
毎回、他の手紙の几帳面さがこの小包の異様さを際立たせてしまう。
リディアは、笑いながら目の前に積まれている本のうちの一冊を手にとった。
彼女の部屋は本と花の香りが充満していた。
幻界に住み始めて間もないある日、差出人が書かれていない小包がリディアの元に届いた。
訝しながらも包みを開けると、その中には何のものかわからない種が入っていたのだった。
幻界での生活には、何一つ不自由することはなかったのであるが、地上でよく見かけるような花や植物がないことは少しだけ寂しいと思っていた矢先だったので、リディアは喜んでその種を撒き、芽吹きを待った。
幻界の時間の流れの速さは、人間だけに影響するわけではないらしい。
その種は二日後に芽吹き、十日経つのを待たずに、小さく可憐な白い花を咲かせたのだった。
素朴な香りがするその花の種と一緒に入っていた紙切れには、走り書きもいいところといった文字で二つの文字が書いてあった。
しかし、リディアはその文字が読めない。
見たことはあるような気がするが、リディアの読めない国の言葉なのだ。
一体何が書いてあるのだろう。
もともと謎解きや調べることが大好きなリディアは、気になって数日間幻界の図書館に入り浸り、この謎の文字の解読に全力を挙げた。
その紙切れに書いてあったのが、「桜草」という花の名前だということがわかったのは、花が満開になり、素朴な香りをリディアの部屋いっぱいに漂わせてきたころだった。
それ以来、アスラが届けてくれる手紙には、毎回差出人の書いていない小包が混ざっていた。
そして、必ず大量の花の種や球根、苗木などと、恐らく花の名前が書かれているであろう紙切れが入っている。
そのたびにリディアは分厚い辞書を使って花の名前を調べるのであった。
百合、薺、朝顔、露草、撫子・・・・一体どんな花を咲かせるのだろうと想像しながら辞書を引く時間が、いつしかリディアの趣味にも近い存在になっていた。
彼女が育てた色とりどりの花を見るために、ひっきりなしに幻獣たちが彼女の部屋を訪れる。
幻獣たちが「緑の部屋」と名づけた彼女の部屋は、いつも笑い声が絶えない明るい場所であった。
新しい種を撒いたあと、言われた通りにリヴァイアサンとアスラの部屋へ向かうと、ふたりはお茶を飲みながら談笑しているところだった。
白いカップに入ったお茶が黄緑色で、リディアは少しびっくりする。
「珍しい色のお茶ね」
「ええ、あなたのお友達から私達にって届いたんですよ」
意外と言うべきか、草原のような爽やかな香りがリディアの鼻腔を刺激する。
恐る恐る口をつけると、香り以上に爽やかで上品な渋みが口の中に広がった。おいしい。
しばらくお茶を飲んだあと、アスラが優しい声でリディアに提案した。
「お二方の結婚式に行ったあと、ミストの村に寄ってきてはどうかしら」
「ミストに・・・・」
アスラの口から思わぬ地名が出てきたことに少し驚いて、リディアは次の言葉を継げなかった。
幻界に来てからというもの、意図的にミストのことは考えていなかったと言ってもいい。
本当は忘れられない故郷だ。
名前を思い浮かべた、母や、村の人々との楽しい思い出が瞼の裏に蘇る。
しかし、自分は大好きな故郷を滅ぼしたセシルを憎むことができず、それどころかあの村で育まれた召喚士としての力を持って、彼に協力したのだ。
それが母や、ひいては故郷への裏切り行為のように感じられ、ミストの村へ帰ることなどできないと思っていた。
そんなリディアの胸中を察したのか、先程の言葉はなかったかのように、アスラは優しい微笑みを浮かべた。
「久し振りの地上なんですから、ゆっくりしていらっしゃい」
「いやじゃ!リディアがいないとつまらんではないか!早く帰ってこい!」
アスラの言葉に反論するリヴァイアサンが、まるで駄々をこねる子供のように、首を振る。
そんな日常風景が楽しくて、リディアは大きな口を開けて笑った。
頭の片隅でのどかなミストの光景を思い浮かべながら。
エッジへ。
今回のお花は難しかった!
「アジサイ」って読むんだね。
昨日、ひとつお花が咲きました。
紫と水色が混ざったような色がとっても綺麗。
エッジの瞳の色だなあと思いました。
セシルとローザの結婚式で、久し振りに会えるのを楽しみにしています。
リディアより。
end
--------
一方その頃エッジは…?という話。
『その日もサニーデイ』
これが続きかな…?というSS。
『空は今でも青い』
この話につながるちょっと未来の話。
『つばめは雲居のよそに』
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一緒にはいられないけれど、どこかでつながっている若様とリディアという妄想を膨らませてみました。昔書いたものです。
『紫陽花』
幻界に無数に存在する本の世界に、リディアは夢中になっていた。
この魔法の成り立ちはこうなっていたのか。
もしかしたら、少し詠唱を変えるだけで、全く異なった効果が表れるかもしれない。
平和になった今、きっと自分が使う黒魔法は不要になるであろう。
しかしその黒魔法を少し変えるだけで人々の役に立てるのであれば・・・・
毎日のように新しい発見がある。
リディアの目の前には本が山積みになっていた。
たくさんの本を自分の周りに置いておくことが好きだった。重なった本から立ち上る古めかしい香りは、彼女の心を落ち着かせる。
「リディア、手紙が届いていますよ」
後ろから優しい声がして、リディアは本から目を離して振り返った。
アスラが何通かの手紙と、手紙と呼ぶには少し大きい包みを持っていた。
幻界まで手紙を送るのは難儀である。地上や地底に住む人々との交流が途切れないように、アスラが魔法で彼らとの手紙のやりとりを実現してくれているのだ。
「いつもありがとうございます」
リディアは椅子から立ち上がって頭を下げ、その手紙たちを受け取った。
その中に、一際目を引く華美な封筒があった。封筒の周囲が金色に縁取られ、うっすらと薔薇を模した模様が入っている。
差出人を見ると、セシルとローザの名前が並んでいた。
ローザはいつもお洒落な封筒と便箋を使うが、それにしても今回は豪華だ。
中身を早く知りたいという衝動に負け、綺麗な封筒をなるべく傷つけないようにそっと開ける。
封筒同様綺麗な便箋に、ローザの柔らかく美しい字で綴られた内容に、リディアは思わず小さく声を上げた。
「セシルとローザが結婚式を挙げるって」
「それはおめでたいですね」
リディアの言葉にアスラが微笑む。本当に、と言ってリディアは笑顔で頷いた。
セシルとローザと過ごした日々を思い出す。ふたりはいつも優しく、時には兄妹のように、時には両親のように自分のことを見守っていてくれた。
リディアが大好きなふたりが結婚して家族になることは、自分のことのように嬉しいのであった。
お茶を淹れるから後で私たちの部屋へいらっしゃい。誘いの言葉を残し、アスラはリディアの部屋を後にした。
ローザの手紙を読み終えて、リディアは他の手紙にも目を通すことにした。
ギルバートからの手紙。今ダムシアンで流行している歌と本の話が、上質な便箋に几帳面な字で事細かに書かれていた。
ルカからの手紙。少女らしいかわいい文字で、初めてひとりでからくり人形を作りあげたということが、桃色の便箋に躍動感たっぷりに記されていた。
最後に、手紙と一緒にアスラが持ってきた包みが残された。
「まただ」
リディアは何も書かれていない包みを見て苦笑した。
まったく飾るところがない肌色の紙に包まれたそれは、他の手紙を一回り大きくしたくらいの小包で、見た目よりはずっと軽かった。
包みを開放すると、中には無数の種が入っている。いつもと同じだ。
小さな紙切れが同封されていた。
そこには一言、何かが書いてあるだけである。
毎回、他の手紙の几帳面さがこの小包の異様さを際立たせてしまう。
リディアは、笑いながら目の前に積まれている本のうちの一冊を手にとった。
彼女の部屋は本と花の香りが充満していた。
幻界に住み始めて間もないある日、差出人が書かれていない小包がリディアの元に届いた。
訝しながらも包みを開けると、その中には何のものかわからない種が入っていたのだった。
幻界での生活には、何一つ不自由することはなかったのであるが、地上でよく見かけるような花や植物がないことは少しだけ寂しいと思っていた矢先だったので、リディアは喜んでその種を撒き、芽吹きを待った。
幻界の時間の流れの速さは、人間だけに影響するわけではないらしい。
その種は二日後に芽吹き、十日経つのを待たずに、小さく可憐な白い花を咲かせたのだった。
素朴な香りがするその花の種と一緒に入っていた紙切れには、走り書きもいいところといった文字で二つの文字が書いてあった。
しかし、リディアはその文字が読めない。
見たことはあるような気がするが、リディアの読めない国の言葉なのだ。
一体何が書いてあるのだろう。
もともと謎解きや調べることが大好きなリディアは、気になって数日間幻界の図書館に入り浸り、この謎の文字の解読に全力を挙げた。
その紙切れに書いてあったのが、「桜草」という花の名前だということがわかったのは、花が満開になり、素朴な香りをリディアの部屋いっぱいに漂わせてきたころだった。
それ以来、アスラが届けてくれる手紙には、毎回差出人の書いていない小包が混ざっていた。
そして、必ず大量の花の種や球根、苗木などと、恐らく花の名前が書かれているであろう紙切れが入っている。
そのたびにリディアは分厚い辞書を使って花の名前を調べるのであった。
百合、薺、朝顔、露草、撫子・・・・一体どんな花を咲かせるのだろうと想像しながら辞書を引く時間が、いつしかリディアの趣味にも近い存在になっていた。
彼女が育てた色とりどりの花を見るために、ひっきりなしに幻獣たちが彼女の部屋を訪れる。
幻獣たちが「緑の部屋」と名づけた彼女の部屋は、いつも笑い声が絶えない明るい場所であった。
新しい種を撒いたあと、言われた通りにリヴァイアサンとアスラの部屋へ向かうと、ふたりはお茶を飲みながら談笑しているところだった。
白いカップに入ったお茶が黄緑色で、リディアは少しびっくりする。
「珍しい色のお茶ね」
「ええ、あなたのお友達から私達にって届いたんですよ」
意外と言うべきか、草原のような爽やかな香りがリディアの鼻腔を刺激する。
恐る恐る口をつけると、香り以上に爽やかで上品な渋みが口の中に広がった。おいしい。
しばらくお茶を飲んだあと、アスラが優しい声でリディアに提案した。
「お二方の結婚式に行ったあと、ミストの村に寄ってきてはどうかしら」
「ミストに・・・・」
アスラの口から思わぬ地名が出てきたことに少し驚いて、リディアは次の言葉を継げなかった。
幻界に来てからというもの、意図的にミストのことは考えていなかったと言ってもいい。
本当は忘れられない故郷だ。
名前を思い浮かべた、母や、村の人々との楽しい思い出が瞼の裏に蘇る。
しかし、自分は大好きな故郷を滅ぼしたセシルを憎むことができず、それどころかあの村で育まれた召喚士としての力を持って、彼に協力したのだ。
それが母や、ひいては故郷への裏切り行為のように感じられ、ミストの村へ帰ることなどできないと思っていた。
そんなリディアの胸中を察したのか、先程の言葉はなかったかのように、アスラは優しい微笑みを浮かべた。
「久し振りの地上なんですから、ゆっくりしていらっしゃい」
「いやじゃ!リディアがいないとつまらんではないか!早く帰ってこい!」
アスラの言葉に反論するリヴァイアサンが、まるで駄々をこねる子供のように、首を振る。
そんな日常風景が楽しくて、リディアは大きな口を開けて笑った。
頭の片隅でのどかなミストの光景を思い浮かべながら。
エッジへ。
今回のお花は難しかった!
「アジサイ」って読むんだね。
昨日、ひとつお花が咲きました。
紫と水色が混ざったような色がとっても綺麗。
エッジの瞳の色だなあと思いました。
セシルとローザの結婚式で、久し振りに会えるのを楽しみにしています。
リディアより。
end
--------
一方その頃エッジは…?という話。
『その日もサニーデイ』
これが続きかな…?というSS。
『空は今でも青い』
この話につながるちょっと未来の話。
『つばめは雲居のよそに』
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