昔書いたものをタイトルを変えています。
FF4で月に降り立った後の話です。わたしの書く話の中では珍しく具体的な動き(?)があるような気がします。
『月面での約束』
魔導船の中の透明なカプセルのような寝具がリディアは苦手だった。
瞳を閉じても圧迫感を覚えるのは不思議であった。息苦しさがそのまま寝苦しさにつながる。浅い眠りの後、妙にすっきりと覚醒してしまう。
そんなに時間が過ぎていないのに、もう一度眠りの世界に戻ることができず、リディアはカプセルから抜け出した。
外の空気を吸うべく魔導船の外へ出ると、細い刀を抱いた影が少し遠くに見えた。
彼も眠れなかったのだろうか。仲間意識を感じ、リディアはごつごつとした石が転がる月面を歩いていく。
気配で気づいたのだろう。しばらくして影の主がこちらを向いた。
「おう。どうしたんだ、こんな時間に」
「眠れなくて。エッジは?」
リディアの言葉にエッジは口の端を少し上げた。
「オレも眠れなくてな」
先程感じた仲間意識は正しかったようだ。リディアは少し嬉しくなって、エッジの隣に座った。
目の前に広がる荒涼とした月の大地。
地上からは美しく輝く星に見えるのに、実際上陸してみて、そのギャップに驚いた。
水も植物もなく、当然そこに生けるものの姿もない。延々と続く肌色の大地に、大きな穴が開いていたり、台地があったりする。
青き星から水と植物と生物を奪ったらこのような星になってしまうのだろうか。
そう考えたとき、リディアは青き星が生まれた奇跡、ひいては自分が生まれた奇跡を感じたのであった。
静かだった。
エッジは切れ長の目で遠くを眺めていた。
こんな真剣な表情は見たことがなかった。
リディアはしばらくその顔を眺めていたが、ひとつの出来事を思い出し、突然居心地が悪くなった。
「・・・・ねえ、エッジ」
意を決して沈黙を破ると、エッジは視線だけで呼びかけに反応した。
「怒ってる?帰れって言われたのについてきちゃって・・・・」
リディアの問いかけに、エッジは笑いもせず少し沈黙した。
いつもと違うエッジの様子に、リディアは自分の言葉が否定されなかった意味を想った。
バブイルの巨人を撃破して、カインを再び迎え入れ、敵の本拠地である月の地下渓谷へ向かう魔導船から、ローザとリディアは降りろと言われたのだ。
ローザの機転で隠れて魔導船に乗り込み、月面に降り立ったときに姿を現し、セシルには同行することを許されたのではあるが、リディアは魔導船から下船しろと言われたときのエッジの言葉がまだ心の中でひっかかっていた。
----ガキはいい子でお留守番だ
彼の言葉を思い出すと、今でも心がさざめく。
しかし、その心のさざめきは、その言葉をかけられたときの怒りとはまったく種類が異なるものだった。
それに気づいたから眠れないのかもしれない。
息苦しい。言葉を紡ぐ前に大きく呼吸をする。
「怒ってるよね。あのときエッジはあんな言い方したけど、あたしのことを心配して言ってくれたんだもんね。
それなのにあたしったらそのエッジの気持ちにも気づかないで怒って・・・・
その上、心配してくれる気持ちを無視してついてきちゃった」
そこまで言ってリディアは一端言葉を切った。エッジは何も言わない。続けることにした。
「でもね。あのときも言ったけど、あたしはこの戦いを自分の戦いでもあると思ってるんだよ。
だからあそこで引くわけにはいかなかったの」
リディアの再び言葉が切れると、エッジはまた遠くを見つめた。相変わらず無言だった。
やや強い風が吹く。荒涼とした大地の粒子の大きい砂が舞う。
少し寒い。思わず腕をこするとエッジがリディアの肩に手を回し、ふたりをすっぽり覆うようにマントをかけてくれた。
やっぱり今日のエッジはいつもと違う。まるでセシルみたい・・・・
彼の体温をすぐ隣に感じながら、リディアはそんなことを考えていた。
しばらくして、エッジが意を決したように息を吸い込む音が聞こえた。
「ついてきて欲しくなかったぜ」
言葉の意味を咀嚼する前に、反射的に彼の顔を見上げると、やっぱり彼はあの場面を思い出すかのように遠くを見ていた。
さっきからずっと変わらない真剣な表情だ。
「お前には危ない目に遭って欲しくなかったんだ。
でも、セシルがローザに『絶対ローザを守る』って言っただろ。
あれを聞いて、オレは気づいたんだ。
この戦いをお前が途中でやめることなんかできないっていうことを、オレは知っているはずなのに、その願いをかなえてやることができない自分の無力さをな」
ふと、エッジと視線がぶつかる。
その瞳の鋭さに、リディアはさらに呼吸がしづらいように感じた。
この戦いに自らの力で幕を引くこと・・・・そのリディアの願いを知った上で、彼は自分自身を責めていた。
そもそもリディアが危険な目に遭うのは、この戦いに幕を引くには自分の力が足りないからなのだ。それなのに・・・・
胸がつかえる。言うべき言葉を探すが、その前にエッジが口を開いた。
「今更だけど、オレにも誓わせてくれ。絶対にお前を守るって」
リディアは目頭に熱いものを感じた。視界が少しぼやける。
「・・・・あたしも、エッジを守るよ」
リディアの言葉にエッジの硬い表情が少し和らいだ。
「オレのこと守るなんて言う女はお前が初めてだ」
「だって、エッジがいなくなったらいやだもん」
その言葉が出た瞬間、目尻から一筋涙がこぼれた。
仮定を言葉にし、その言葉が現実となったときのことを思い、必要以上に感情を起伏させてしまうのは、自分の癖かもしれない。
エッジがいなくなったら。
早起きしなくていいかもしれないけれど、朝しか咲かない花を見ることはできなくなるだろう。
子供扱いされなくなるけれど、物事の表裏を知ることが困難になるだろう。
怒ることは少なくなるけれど、笑うことも少なくなるだろう。
エッジがいなくなったら・・・・
エッジは短い息を吐き出し、困ったように親指で涙の軌跡をなぞった。
「なんで泣くんだよ」
「だって、エッジがいなくなっちゃったら・・・・」
同じ言葉を繰り返そうとした瞬間、しなやかな腕に抱きすくめられる。
「ここにいるだろ」
耳元で囁かれ、リディアはそれが合図だったかのように、エッジの背中に腕を回した。
「お願い。いなくならないで」
口をついて出た言葉に、自分を包む腕の力が強くなった。
エッジがいなくなったら。
こんな風に優しく自分を受け止めてくれる人がいなくなってしまう。
リディアの言葉にエッジは優しく微笑んだ。
「お前を守るって誓ったんだから、いなくならねーよ。安心しろ」
いつもの口調だ。リディアは少し安心して、涙を浮かべたまま微笑んだ。
「ほんとに?約束して?」
首を軽く傾げると、エッジが一瞬困ったような顔をした。
子供っぽいお願いだっただろうか。また馬鹿にされちゃうかもな、と思った瞬間、エッジの手が目の上にかざされた。
反射的に瞳を閉じると、唇に熱くて柔らかいものが当てられた。
何が起きたのか、なんとなくわかった。瞳を開けると同時に重ねられた唇が離れ、エッジと視線が交わった。
「約束した」
彼はまだ少し困ったような顔をしていた。その表情がおかしくて、リディアはもう少しこの顔が見ていたいと思った。
遠くを見ようとする彼の動きをさえぎるように、リディアは彼の唇を奪う。熱くて、柔らかい。
「あたしも、約束したよ」
そう言うと、恥ずかしさでエッジの困り顔を見ているどころではなくなってしまった。
彼のしなやかな腕が、再び優しく自分を包む。
ずっと感じていた息苦しさはどこかへ消えていた。
荒涼とした大地に、少しずつ太陽の光が差してくる。
光に照らされ、いびつな形の一つの影が伸びていた。
end
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FF4で月に降り立った後の話です。わたしの書く話の中では珍しく具体的な動き(?)があるような気がします。
『月面での約束』
魔導船の中の透明なカプセルのような寝具がリディアは苦手だった。
瞳を閉じても圧迫感を覚えるのは不思議であった。息苦しさがそのまま寝苦しさにつながる。浅い眠りの後、妙にすっきりと覚醒してしまう。
そんなに時間が過ぎていないのに、もう一度眠りの世界に戻ることができず、リディアはカプセルから抜け出した。
外の空気を吸うべく魔導船の外へ出ると、細い刀を抱いた影が少し遠くに見えた。
彼も眠れなかったのだろうか。仲間意識を感じ、リディアはごつごつとした石が転がる月面を歩いていく。
気配で気づいたのだろう。しばらくして影の主がこちらを向いた。
「おう。どうしたんだ、こんな時間に」
「眠れなくて。エッジは?」
リディアの言葉にエッジは口の端を少し上げた。
「オレも眠れなくてな」
先程感じた仲間意識は正しかったようだ。リディアは少し嬉しくなって、エッジの隣に座った。
目の前に広がる荒涼とした月の大地。
地上からは美しく輝く星に見えるのに、実際上陸してみて、そのギャップに驚いた。
水も植物もなく、当然そこに生けるものの姿もない。延々と続く肌色の大地に、大きな穴が開いていたり、台地があったりする。
青き星から水と植物と生物を奪ったらこのような星になってしまうのだろうか。
そう考えたとき、リディアは青き星が生まれた奇跡、ひいては自分が生まれた奇跡を感じたのであった。
静かだった。
エッジは切れ長の目で遠くを眺めていた。
こんな真剣な表情は見たことがなかった。
リディアはしばらくその顔を眺めていたが、ひとつの出来事を思い出し、突然居心地が悪くなった。
「・・・・ねえ、エッジ」
意を決して沈黙を破ると、エッジは視線だけで呼びかけに反応した。
「怒ってる?帰れって言われたのについてきちゃって・・・・」
リディアの問いかけに、エッジは笑いもせず少し沈黙した。
いつもと違うエッジの様子に、リディアは自分の言葉が否定されなかった意味を想った。
バブイルの巨人を撃破して、カインを再び迎え入れ、敵の本拠地である月の地下渓谷へ向かう魔導船から、ローザとリディアは降りろと言われたのだ。
ローザの機転で隠れて魔導船に乗り込み、月面に降り立ったときに姿を現し、セシルには同行することを許されたのではあるが、リディアは魔導船から下船しろと言われたときのエッジの言葉がまだ心の中でひっかかっていた。
----ガキはいい子でお留守番だ
彼の言葉を思い出すと、今でも心がさざめく。
しかし、その心のさざめきは、その言葉をかけられたときの怒りとはまったく種類が異なるものだった。
それに気づいたから眠れないのかもしれない。
息苦しい。言葉を紡ぐ前に大きく呼吸をする。
「怒ってるよね。あのときエッジはあんな言い方したけど、あたしのことを心配して言ってくれたんだもんね。
それなのにあたしったらそのエッジの気持ちにも気づかないで怒って・・・・
その上、心配してくれる気持ちを無視してついてきちゃった」
そこまで言ってリディアは一端言葉を切った。エッジは何も言わない。続けることにした。
「でもね。あのときも言ったけど、あたしはこの戦いを自分の戦いでもあると思ってるんだよ。
だからあそこで引くわけにはいかなかったの」
リディアの再び言葉が切れると、エッジはまた遠くを見つめた。相変わらず無言だった。
やや強い風が吹く。荒涼とした大地の粒子の大きい砂が舞う。
少し寒い。思わず腕をこするとエッジがリディアの肩に手を回し、ふたりをすっぽり覆うようにマントをかけてくれた。
やっぱり今日のエッジはいつもと違う。まるでセシルみたい・・・・
彼の体温をすぐ隣に感じながら、リディアはそんなことを考えていた。
しばらくして、エッジが意を決したように息を吸い込む音が聞こえた。
「ついてきて欲しくなかったぜ」
言葉の意味を咀嚼する前に、反射的に彼の顔を見上げると、やっぱり彼はあの場面を思い出すかのように遠くを見ていた。
さっきからずっと変わらない真剣な表情だ。
「お前には危ない目に遭って欲しくなかったんだ。
でも、セシルがローザに『絶対ローザを守る』って言っただろ。
あれを聞いて、オレは気づいたんだ。
この戦いをお前が途中でやめることなんかできないっていうことを、オレは知っているはずなのに、その願いをかなえてやることができない自分の無力さをな」
ふと、エッジと視線がぶつかる。
その瞳の鋭さに、リディアはさらに呼吸がしづらいように感じた。
この戦いに自らの力で幕を引くこと・・・・そのリディアの願いを知った上で、彼は自分自身を責めていた。
そもそもリディアが危険な目に遭うのは、この戦いに幕を引くには自分の力が足りないからなのだ。それなのに・・・・
胸がつかえる。言うべき言葉を探すが、その前にエッジが口を開いた。
「今更だけど、オレにも誓わせてくれ。絶対にお前を守るって」
リディアは目頭に熱いものを感じた。視界が少しぼやける。
「・・・・あたしも、エッジを守るよ」
リディアの言葉にエッジの硬い表情が少し和らいだ。
「オレのこと守るなんて言う女はお前が初めてだ」
「だって、エッジがいなくなったらいやだもん」
その言葉が出た瞬間、目尻から一筋涙がこぼれた。
仮定を言葉にし、その言葉が現実となったときのことを思い、必要以上に感情を起伏させてしまうのは、自分の癖かもしれない。
エッジがいなくなったら。
早起きしなくていいかもしれないけれど、朝しか咲かない花を見ることはできなくなるだろう。
子供扱いされなくなるけれど、物事の表裏を知ることが困難になるだろう。
怒ることは少なくなるけれど、笑うことも少なくなるだろう。
エッジがいなくなったら・・・・
エッジは短い息を吐き出し、困ったように親指で涙の軌跡をなぞった。
「なんで泣くんだよ」
「だって、エッジがいなくなっちゃったら・・・・」
同じ言葉を繰り返そうとした瞬間、しなやかな腕に抱きすくめられる。
「ここにいるだろ」
耳元で囁かれ、リディアはそれが合図だったかのように、エッジの背中に腕を回した。
「お願い。いなくならないで」
口をついて出た言葉に、自分を包む腕の力が強くなった。
エッジがいなくなったら。
こんな風に優しく自分を受け止めてくれる人がいなくなってしまう。
リディアの言葉にエッジは優しく微笑んだ。
「お前を守るって誓ったんだから、いなくならねーよ。安心しろ」
いつもの口調だ。リディアは少し安心して、涙を浮かべたまま微笑んだ。
「ほんとに?約束して?」
首を軽く傾げると、エッジが一瞬困ったような顔をした。
子供っぽいお願いだっただろうか。また馬鹿にされちゃうかもな、と思った瞬間、エッジの手が目の上にかざされた。
反射的に瞳を閉じると、唇に熱くて柔らかいものが当てられた。
何が起きたのか、なんとなくわかった。瞳を開けると同時に重ねられた唇が離れ、エッジと視線が交わった。
「約束した」
彼はまだ少し困ったような顔をしていた。その表情がおかしくて、リディアはもう少しこの顔が見ていたいと思った。
遠くを見ようとする彼の動きをさえぎるように、リディアは彼の唇を奪う。熱くて、柔らかい。
「あたしも、約束したよ」
そう言うと、恥ずかしさでエッジの困り顔を見ているどころではなくなってしまった。
彼のしなやかな腕が、再び優しく自分を包む。
ずっと感じていた息苦しさはどこかへ消えていた。
荒涼とした大地に、少しずつ太陽の光が差してくる。
光に照らされ、いびつな形の一つの影が伸びていた。
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