2014年3月18日火曜日

SS: その日もサニーデイ

FF4エンディング近辺のエッジの日常。
この話では、エッジがリディアじゃない女子といちゃついてたりしますので、それが許せないという方はご遠慮ください。
「娘どもの尻云々」っていうじいの言葉がここまで妄想させました。




『その日もサニーデイ』


目の前で紺碧の瞳が涙に濡れていた。
衝動的に細い身体を抱き寄せる。それに応えるように、おずおずと細い腕を回し返してくる。
未来を過剰なまでに悲観した少女が、震える声で懇願する。
「お願い。いなくならないで」
今まで、彼女は色々失いすぎたのだ。
しかし、幾度となく彼女を襲った喪失感に未だ慣れることができず、今また自分を失う可能性を思い、泣いている。
「いなくならねーよ。安心しろ」
彼女の不安を取り除くべく発言すると、安心したかのように彼女は涙を浮かべたまま微笑んで、身体を離してエッジの顔を正面から見据え、少し横に首を傾げた。
「約束して?」
その仕草があまりにも愛らしく、彼女の濡れた瞳を閉じさせて、隙を突くかのように唇を重ねる。
お返しとばかりに、もう一度小さくて少し尖った唇が自分の唇をついばんだ。
小鳥のようなその仕草に煽られ、思わず彼女の身体にキスを降らせる。
鼻。頬。首。鎖骨・・・・
胸に降ったものが、彼女の身体をよじらせる。
彼女から放たれる若い緑と花の香りが風に舞い、鼻先をくすぐるのだった・・・・



明るい光に瞼をこじ開けられる。
・・・・なんだ、夢か。
妙に生々しい感触と芳しい香りが、現実の世界との区別をつかなくさせたようだ。
心地よい夢の世界に戻ろうとしてもう一度瞳を閉じてみるものの、白い光はすっかり身体を覚醒させていた。
しぶしぶ目を開けると、窓の向こうの空の青さが目に飛び込んで来る。太陽は自分が想像していたよりも高い位置にあった。完璧に寝坊だ。

隣の女はまだ眠っていた。
端正な顔は寝顔でも変わらない。艶やかな漆黒の髪の毛は、高級そうな紅茶と、やはり高級そうな花が混じった香りがする。
今、自分が見ていた夢を知ったらどう思うだろうか。そんなことを考えかけてやめる。
彼女を起こさないように、細心の注意を払いながら身体をベッドの外側に向け、ベッドを降りようとすると、美しい白い手が背後からそれを制した。
細い腕からは想像できない肉感と、ほのかな温かさを地肌の背中に感じる。
「・・・・もう少し、こうさせていて」
背中に唇を寄せられる。ここまでされて背中を向けているのはさすがに相手に申し訳なさを覚え、エッジは向き直って彼女の髪の毛を梳いた。
彼女の髪の毛は絡まることもなく、するりと指の間を通り抜けていく。そのなめらかな感触は、感動すら覚えるものであった。

外は雲ひとつなく晴れていた。
城で自分を待っている公務という名の大量の書類仕事と、家老の説教を思うと、このままどこかに出かけてしまいたい気分になる。
白魚のような手がエッジの頬に添えられる。長い爪は形が整えられていて、彼女の白い手に映える淡い桃色に彩られていた。
唇が重ねられる。瞳も閉じずにそれを受け、包まれるような官能的な感触を、唇が少し大きくて柔らかいな、と冷静に分析する自分がいる。

ああ、そうか。この唇に違和感を覚えるのは、小さくて、少し尖った唇を知っているからだ。
緊張していて、わずかに震えていた、あの唇を。

思考が飛びかけたとき、唇が離れて、女が苦笑した。
「今日もお仕事忙しいの?」
心ここにあらずの状態をそう読み取ってくれた女に感謝の意を表明したくなる。
おう、と言ってこの機会を逃さずにベッドを降り、ベッドの横の椅子の衣服に手を伸ばす。
女はさして気にもせず、自分も起き上がり、ブランケットで全裸の身体を隠しながら、ベッドの上からエッジが着替える様子を観察しているようだった。
昨晩のことを冷静に思い返し、少し居心地悪さを覚えながら手早く着替える。
あっという間に外に出て行ける姿になったエッジを見て、女はにっこり笑った。
「ずっと気になってたんだけど、それ、お守り?」
エッジの財布についた鮮やかなバラ色の衣を着た小さな人形を指さし、女は少し探るような視線を投げかけてくる。
「おう。前にもらったんだ」
財布を懐に入れながら、エッジは正直に答える。女はふうん、と関心があるのかないのかわからない曖昧な声を出した。
ここから帰らねばならない。しかし、なかなかきっかけが掴めず、彼女の頭に手を伸ばす。
つるつるとしたまっすぐな髪の毛は相変わらず指に絡まらない。こいつの髪の毛は癖がないんだなという感想を抱いて、少し後悔する。

「じゃあな」
「またね」

軽く手を上げると、彼女は笑顔でベッドの上から手を振り返してくる。
申し訳なさを感じるほどの明るい笑顔に、エッジも満面の笑顔を作って返し、高級な紅茶と花が混じった香りの部屋を後にする。
およそ文句のつけようのない、完璧な女だ。
後ろ手にドアを閉めながら、やはり冷静に考える自分がいた。


城に戻ると、家老に説教を浴びせられ、しばらくエッジは玉座に縛り付けられた。
決裁、謁見、決裁、謁見・・・・
次は決裁だろうか。ただのご機嫌伺いだろうか。
最初は自分の中でそんな賭けをして楽しんでいたのだが、そんな遊びにもすぐに飽きてしまう。
大体、空がこんなに晴れているのに、室内で書類仕事やら、豪族のご機嫌取りをしているのは性に合わないのである。
現場の視察でも行くか、と謁見と謁見の合間に玉座から立ち上がると、家老が悲鳴のような声を上げた。
「若、どちらへ!?」
「ちょっと城の中の視察にでも」
「昨日も行かれておりました!」
家老は今日こそはこの書類を片付けていただかねば!と書類の山を上から叩く。
エッジはその勢いに少し顔をしかめたが、負けじと足早に玉座から離れようとする。
「じゃあ町の移転が進んでるか見てくる」
家老はわざと大きく溜息をつき、次の瞬間息を吸い込んで、エッジを止めるためであろう、大声を上げた。
「大体、若は王位継承者としての自覚が足りんのです!」
「わかってるって!」
昔と変わらない家老の説教に、反射的に大きな声で答えてしまう。
家老は信じないかもしれないが、一応自覚はあるのだ。偉大な父王を間近に見て育ったのだから、自分が何をしなければならないのかもわかっている。
しかし、今日は晴れだ。しかも、あんな夢を見たのだ。
家老には悪いが、こんな日に、こんな気分のときに、好きでもない書類仕事をする気になれるわけがない。
明日やるから勘弁してくれ、と自分の心理状態を説明しようとするも、延々と続く家老の説教にそれを阻まれる。
「わかっておられたら、娘どもの尻など追わずにですな」
娘、という単語に今朝見た夢を思い出す。
夢の中のリディアは、あの日のままの姿だった。
少し癖のある緑色の髪の毛。大きな紺碧の瞳。新緑と花の混ざった春の香り。
柔らかな肢体。小さな唇・・・・
先日届いたリディアからの手紙に同封されていたアスラの手紙によると、彼女は最近ますます美しくなったという。
自分の知らないところで彼女が美しくなっていくことが悔しくて、エッジは脱走して幻界へ行こうとしたのであるが、寸でのところで家老に見つかり、例のごとくきついお灸を据えられたのであった。
「返事は一回で結構!」
家老の金切り声がエッジを無理矢理現実世界へ呼び戻す。
思考の世界に浸りかけた自分は、説教に対して無意識に返事をしていたようだ。
「お館様。バロンから急使の方がいらっしゃいました」
家老と言い合いをしている間に、次の謁見の時間になってしまったらしい。
してやったり、という顔の家老の視線を横目に感じながら、溜息をついて外交用の笑顔を繕う。
今の世界で繕うことなど不要かもしれない、と思いながら。
バロンの正装であろう、金色の鎧を身につけた兵士と思しき人物が現れ、エッジの足元に跪く。
もったいぶった様子で書簡を取り出し、目の前に開く。
「セシル様の戴冠式と婚礼の儀を行いますので、エブラーナ国王陛下に置かれましても是非ご参列いただきたく存じます」
兵士は、この吉報を届けられることを誇らしげに思っているかのような朗々とした声で、書簡の内容を読み上げた。
「おお、セシル様が・・・・!!」
吉報に家老が身を乗り出す。
エッジも繕った笑顔が、自然と心からの笑顔に変わるのを感じた。
「それはめでたいな。慶んで参列させていただくと伝えていただきたい」
改まった口調で言うと、兵士は跪いたまま、更に頭を深く垂れ、感謝の意を述べた。
祝賀の言葉と参列する旨を記した手紙を急使に持たせるべく、エッジは玉座に座り、ペンを手に取った。
書類にサインをするだけのためにペンを走らせることは嫌いだったが、その何倍もの文字を記す旧友への祝辞は、自分でも驚くほどすらすらとペンが走るのであった。

手紙を携えた急使が部屋から去ると、家老は突然年相応の老人になったかのように、少し疲れた視線でエッジを見据えた。
「セシル様もご結婚でございますね」
「ようやく、って感じだけどな」
家老の言葉に先程の晴れがましい笑顔のまま答えると、家老は遠い目で虚空を眺めている。
「若もそろそろ、この老いぼれにご子息を見せてはくれませんかのう・・・・」
その言葉を聞き、しまった、とエッジは顔をしかめた。
旅から戻って以来、口癖のように家老はエッジに結婚と世継ぎを求めていた。
しかし、その気のないエッジは、その話題になるたびにうまく話をすり替えて逃げていた。
最近公務が忙しくなったこともあり、その口癖はだいぶなりを潜めていたが、セシルとローザの結婚が彼の熱意にもう一度火をつけてしまったようだ。
「ああ、幼い頃の若を思い出します。じい、じいと私の傍を片時も離れず、それはそれは愛苦しく・・・・」
家老は相変わらず遠い目をして、思い出の世界に浸りきっている。
エッジはその隙をついて王の間から抜け出したのであった。

家老の言葉はもっともだ。自分は王位継承者なのだから、世継ぎももうけずにいつまでも独身でいるのは罪ともいえよう。
しかし、自分の立場はわかってはいるものの、結婚について具体的に考えることができなかった。
それもこれも、結婚したいと思えるような相手がいないからだ。
結婚したいと思えるような相手がいないというのは、何故だろう。
昨日抱いた女だって、美しく、教養もあって、結婚相手として、さらに言えば王妃として何の問題もないだろう。
しかし、彼女と結婚したいと思えない。
恋人同士のようにただ戯れるだけならいいのであるが、一生連れ添うという契りを交わすとなると違う。
・・・・それは、一生連れ添いたいと思っている相手がいるからか。
考えがそこに思い至り、エッジは妙に冷静に自分の心情を分析した。
彼女を忘れさせるような相手に、自分はいつか出会えるのだろうか。
わからない。わからないが、今接している女は全員違う。
何が違うのだろう?
色々と思考を巡らしすぎた頭では、考えてみても、答えは見つかりそうになかった。
「あーーー!もう、考えるのやめよ」
足元の石を蹴り上げる。すでに日は傾きかけていた。
ごちゃごちゃとした頭の中をすっきりさせたい。エッジの足は町外れに向いていた。


瞼を突き破る光と、頬を優しく撫でられる感触に目を覚ます。
すっかり身支度を終えた女が、少し意地悪な微笑みを浮かべて、ベッドに腰掛けてエッジを見下ろしていた。
「私が忍者だったら、あなたを殺せちゃうかも」
「・・・・こええこと言うなよ」
寝起きにいきなり恐ろしい宣言をされ、眠気はすっかり消え去ってしまった。
今日は寝坊をしないで済んだようだ。きっと彼女が気を遣ってくれたのだろう。
しかし、自分がさっさと帰ることを後押ししてくれた行動に感謝するのも気が引ける。
黙って身を起こすと、彼女はエッジの顔から首、胸まで扇情的に指を滑らし、艶っぽく微笑んだ。
「あなたって、そういう死に方しそうよね」
悪びれもせずに女が言い放った言葉が面白く、エッジは思わず吹き出した。
「そういう死に方ってなんだよ」
「男相手なら絶対に負けないのに、女に簡単に殺されそうに見えるわ」
女は艶やかに微笑んだ。本心を隠すかのように見える。

・・・・好きな女にだったら、それでもいいかもな。

あくまで肉体的なものではあったが、官能的な夜を過ごした後の自分の脳は、そんな無責任で堕落した想像をするのであった。


今日も公務が山積みの自分をあざ笑うかのように、空は澄み渡っている。
白い日差しが降り注いでいる。真っ青な空に、一筋だけ薄い雲が見えた。
城に戻る道すがら、エッジは空を見上げ、その青さに思わず呟いた。
「あいつらの結婚式も晴れるといいな」
幸せそうなセシルとローザの笑顔を想像すると、思わず自分の顔も緩んでしまう。
エッジの想像は結婚式の様子や参列する面々にも及んだ。
・・・・その場できっと、彼女にも会える。
それが自分を動かす原動力になりつつあることがおかしい。
財布についた不恰好な人形を日に当ててみる。
日差しの下で、その人形の鮮やかな色の衣がいつもよりも鮮やかに見えた。

今日の青空は、書類との格闘を後押ししてくれそうな気がした。




end

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冒頭のシーンが出てくるSSはこちら。
『月面での約束』

続きっぽいSSはこちら。
『空は今でも青い』

一方そのころリディアは…というお話はこちら。
『紫陽花』

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