2014年3月18日火曜日

SS: 空蝉、あをみわたり

若様とリディアの出会いのシーン。
これまた昔リクエストをいただいて書いたものです。セリフはほとんど原作に忠実にしたくてこのシーンを何度も見返してメモったことを思い出しました。




『空蝉、あをみわたり』


目の前で、赤い塊が炸裂した。
刹那、洞窟内部にも関わらず、まるで昼間のように明るくなる。
自分も含めて、世界のすべてが真っ赤に染まったような感覚に陥った。

ルビカンテの放った煉獄のごとき炎の中で、身をかばうのは無駄なことだった。
熱さとその熱を帯びた風に目がくらむ。熱い。痛い。苦しい。
肌が焼ける臭いがする。他でもない、自分の肌の焼ける臭いだ。
倒れるわけにはいかない。奴は両親の仇だ。
しかし、灼熱の炎は龍のようにうねりながら、容赦なく自分に襲い掛かる。
肌の焼ける臭いはもう感じなかった。爆風に吹き飛ばされないように足を踏みしめる。

やっと炎の嵐が過ぎ去ったと思った瞬間、まるで糸の切れた人形のように膝が折れ、前のめりに倒れこんだ。
手にした武器が乾いた音を立てて地面に落ちる。
これが自分の身体だとは思えなかった。
まったく制御が効かない。とにかく、重い。

そんな状況にあっても、エッジは瞳に有り丈の力を込めて、仇の相手を見据えていた。
鋭い視線に気がついたルビカンテが、少し表情を変えた。
自分の根性に感心したように見えたのは、気のせいだろうか。
「確かに自信を持てるほどの強さだ。しかし、この私には、まだ及ばぬ。
 腕を磨いて来い! いつでも相手になるぞ!」
まるで稽古の相手を見つけたかのような満足そうな微笑を浮かべ、ルビカンテは赤いマントを翻す。
せっかく見つけた仇が、遠ざかって行く。
立たなければ。そして、奴を追わなければ。
しかし、手も足も動かない。追いすがるように腕を伸ばすのが精一杯だった。
当然のことながら、自分の腕の長さよりも相手の歩幅の方が大きい。

倒れたときに頭を切ったのだろう。血が目に入り、視界がぼやける。
視界が真っ赤になる。どこまでも、赤。赤。赤・・・・
「待ちやがれ・・・・!」
やっとの思いで搾り出された声というよりはただの風切り音と言った方が正しい自分の声に、絶望感を覚える。
熱にやられたのか、喉に何かが詰まっているような感触があって、声にならない。
無常にも仇の赤い影は、視界の外に消えてしまった。

やがて、やっとの思いで伸ばした腕が、何もかも放棄したかのように地面に落ちる。

仇を討たなければ。
自分を動かそうとする原動力はその想いだけだった。
強すぎるその想いに、今の自分の身体はついてきてくれそうにない。

このまま瞳を閉じてしまえと囁きかける、耐え難い誘惑。
それを阻止する怒りと憎しみと悲しみ。
しかし、それらの感情を抱くことすら許されないほどの苦痛。
今、痛くないところなどない。心も、身体も。

絶対に逃がすものか!
最後に残された力を振り絞って、唇を噛む。土と鉄が混ざった味が、口いっぱいに広がる。

その時、声と駆け寄ってくる何人かの足音が聞こえた。
自分の安否を気遣うように、銀色の髪の男が顔を覗き込んでくる。
顔は赤くぼやけていて、よく見えない。
「大丈夫か!?」
自分の腕を取って脈を確認しながら、男が叫ぶ。
大げさだ。エッジは彼の行動を笑い飛ばしたかったが、顔が少し引きつっただけだった。
彼を追ってきた何人かの男女に囲まれる。流れる血の所為ですっかり視界が奪われていて、もう数えるのも億劫だ。
見上げる洞窟の天井には、まだ小さな炎がくすぶっていた。
その赤さに、つい先程の出来事が脳内で繰り返される。

これが敗北なのだろう。
初めて味わう敗北。
生まれてこの方、負けたことなどなかった自分が、まさか敗者になる日が来ようとは。
「情けねえ・・・・このオレが・・・・負け・・・・・・・」
誰に言うでもなく、思わず脳裏に浮かんだ言葉を声にしてみるが、最後の方は声にならなかった。
声にならなかったのは、耐え難い苦痛の所為だけではない。
全て発してしまった瞬間、自分が敗者に甘んじてしまう気がした。
目の周りに、柔らかいものが当てられた。
視界が少し明るくなる。血を拭ってくれたのだろう。
一行は自分の脈を取っている男と、紺色の甲冑を着けた男、金色の髪の美女、そして、今自分の血を拭ってくれた緑色の髪の少女の四人のようだ。
緑色の髪の少女の紺碧の瞳は、心配そうに歪められていた。
先程からずっと、自分の顔の血を優しく拭ってくれている。
「あたしたちも、ルビカンテの持つクリスタルを追っているの」
彼女の言葉に、エッジは自分の体内の血が沸騰するのを感じた。
この見ず知らずの一行は、手を組もうと言っているのだろうか?
相手は両親の仇なのだ。
自分の手で倒さずに、何の意味があるのだろう。
「手を出すな!奴は・・・・オレが・・・・この手でブッ倒す!」
掠れる声で拒絶すると、紺碧の瞳が更に歪んだように見えた。
「相手は四天王だぜ。王子様」
「奴の強さを味わったろう!」
呆れたような声と、親切心から制止する有難迷惑な声が連続して聞こえる。
連中は、自分がこのまま引き下がるような、王宮の飾り物のような王子だと思っているのだろうか?
エッジは血が拭われた瞳に先程ルビカンテに向けた程の力を込めて、彼ら二人を睨みつけた。
「・・・・俺を、ただの甘ちゃん王子と思うなよ。
 エブラーナの王族は、代々忍者の奥義を受け継いでんだ・・・・お前らより、一枚も二枚も・・・・上手だ・・・・ぜ! 」
何もせずに、このまま敗北を受け入れる気にはなれない。
こうしている場合ではない。ルビカンテを追わなければ。
エッジは腕に力を入れて起き上がろうとした。
しかし、なかなか力が入ってくれない。
何度か失敗すると、震える声が洞窟の中に響いた。
「いい加減にしてえ!もうこれ以上死んじゃうのは、いやよお!」

死んじゃう?
泣き喚く声に告げられたその言葉に、エッジは煮えくり返っていた血が、突然差し水をされたかのように、沸騰を止めたのを感じた。
同時に自分の頭に上っていた血が、一気にあるべき場所に向けて引いていく。

自分は死にそうなのか?
確かに、この身体はしばらく動かないような気がする。
でもそのうち、こんな傷はふさがって、そのうち敵が討てるはずだ。

・・・・そのうち。
・・・・討てるはず。

それは、自分でも目処が立てられない未来の仮想だった。

自分が死んだらどうなる?
エブラーナの国民は?そもそもエブラーナは?
そして、自分は?今ここで死んでいいのか?

自問自答する自分の前で、あどけなさの残る少女は、とめどなく涙を流している。
まるで、世界の悲しみの全てを一手に引き受けてしまったような、そんな薄幸さを思わせる表情である。

何故、この少女は見ず知らずの自分のために泣けるのだろうか?
わからない。しかし、純粋に「死」を拒む彼女。
恐らく、彼女にとって「死」は忌むべきものであり、どんな状況でも避けたいものなのだろう。
紺碧の瞳の所為か、彼女の瞳からこぼれる涙は青色に見えた。
その青さが、やけに自分の心に沁み渡る。
やがて、青い涙が、赤く染まった世界を元通りの色に塗り替えていく。
無様なまでに泣きながら、叱咤するような視線を送ってくる少女は、よく見ると綺麗な顔をしていた。
絵本から飛び出してきたような幻想的な緑色の髪の毛に、大きな紺碧の瞳。
もともと長いであろう睫毛が濡れて、より長く、濃く見える。
この少女は『生の世界』の妖精なのかもしれない。
そんな自分の仮定も間違っていないと思わせるほど、その存在は幻想的で、浮世離れしたものだった。

死ぬのはごめんだ。
自分は今死んではいけない人間なのだ。
ルビカンテを倒すという最終目的が果たせるのならば、その細かな手段にこだわる必要はないのだろう。
そして、何より、女を泣かせるのは自分の信条に反する。

自分の頭は、だいぶ冷やされてきたようだ。こんなことも今は考えられる。
エッジは口の端を上げたが、それは彼女から見たら、苦しさに顔を歪めただけに思われたかもしれない。
「・・・・こんな綺麗なねーちゃんに泣かれたんじゃ、しょうがねえ・・・・
 ここは一発・・・・手を組もうじゃねーか」
相変わらずいつもの自分の声とはかけ離れた音が、自分の口から漏れる。
でもまだ生きている。
この憎まれ口を発しているのは、間違いなく自分の口であり、紛れもなく、これは自分の声なのだ。

濃紺の甲冑を身につけ、長槍を持った騎士が、呆れたような口調で横にいる金髪の美女に話しかける。
「まったく、こんな体で口が減らない王子様だ。見るに堪えん。おい、ローザ」
そんな嫌味を聞けるも生きている証拠なのだ。そう思うと、エッジは頬がいびつに緩むのを抑えられなかった。
金髪の美女が美しい声で何やら呟いた。
白い光に囲まれる。みるみるうちに自分の全身の傷が癒えていく。
恐る恐る、手を握るべく、脳から信号を送ってみる。
手は不器用に、しかし力強く握られる。
起き上がり、動けることの歓喜を噛みしめるかのように、狭い洞窟の中で何度か跳躍する。
ところどころ違和感があるが、先程までの痛みに比べれば誤差の範囲だ。もう大丈夫だ。
「サンキュー、ねえちゃん! あんたも可愛いぜ!」
金髪の美女はその言葉に苦笑し、無理はしないでね、と軽く苦言を呈した。
優しく微笑む銀色の髪の男と、苦笑している紺色の甲冑の男。
エッジは先程落とした武器を足で蹴って拾い上げた。
「おっしゃ! それじゃ仲良く乗り込むとしよーぜ! 」
緑の髪をした妖精が、とても妖精とは思えないような大きな口を開けて笑っている。
「調子いいの!」
あまりにも泣き顔とギャップがあるその魅力的な笑顔に、エッジは少し騙されたような気持ちになった。


「あたし、リディアっていうの」
よろしく、王子様、と妖精が小さな緑色の頭をぺこりと下げる。
付け加えられた部分に、エッジは自分でもわかるほど顔が歪んだ。
「王子様ってなんだよ」
「カインが王子様って呼んでたじゃない」
真顔で反論する妖精に、エッジは何故自分がこんなことまで説明しなければならないのだ、と思いながら溜息をついた。
「あれは馬鹿にしてんの!」
妖精は訳がわからないといった表情で、小さな口を尖らせて首を傾げる。
やはりこの少女は妖精なのだ。純粋すぎる。
「エッジって呼べ」
エッジ、と彼女は小さく呟く。
自分の名前がスイッチだったかのように、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「よろしくね、エッジ」
この妖精は、笑うと突然口が大きくなるようだ。
そんなことを考えながら、差し出された手を握り返す。

リディアの鮮やかな緑色の髪の毛が、洞窟の中に吹き込んだ風にあおられて、ふわりと揺れている。
細められた空と海を思わせる紺碧の瞳は、一点の曇りもない。
エッジはつられるように、自分も笑顔になるのを感じた。

話せる。
色を感じる。
笑える。

些細なことが喜びとなって、心を満たして行くのであった。



end

--------

続きはこちら。
『ぬばたまの地に、茜さし』
 

SS一覧へ戻る場合はこちら。

0 件のコメント:

コメントを投稿